エミールを指差して声高にそう叫んだのは、現国王の第二王妃。
 扇情的な赤毛の女の芝居掛かった台詞を聞いた瞬間、私は合点がいきました。

(私は──いいえ、エミールは、はめられたのだわ!)

 この直前、私はエミールが手渡してくれたワインに口をつけました。
 ワインとグラスを用意した給仕には第二王妃の息がかかっていたのでしょう。
 彼はきっと、この後の取り調べで言うのです。

〝ワインも、グラスも、エミール殿下があらかじめ用意なさっていたものです〟と。

 侍医も侍従長も、おそらくこれを裏付ける証言をするでしょう。
 彼らの主家である公爵家の令嬢は、第二王妃が産んだエミールの腹違いの弟ジョーヌ王子に首っ丈で、その妃になりたいと公言して憚らないのですから。
 線が細くて薄倖そうなエミールよりも、溌剌としていて剣の腕も立つジョーヌ王子の方が国王にふさわしいと嘯く声が少なくないのは知っていました。
 だからといって、まさか立太子を妨げるためにエミールに無実の罪を着せるだなんて──そのために自分が殺されるだなんて、私は夢にも思っていなかったのです。
 現国王陛下の寵愛を受けていたとはいえ、あいにくエミールのお母様の実家は子爵家。公爵家を笠に着る第二王妃に楯突くことは叶わないでしょう。
 しかも、肝心の第一王妃は十年前、私の両親とともに不慮の事故で亡くなっています。
 第二王妃の悪逆を止められなかった時点で、国王陛下に期待することもできません。

「アヴィス、ぼくのアヴィス……お願い、お願いだ……いかないで……」

 エミールの涙がぽたぽたと滴って、私の頬まで濡らしました。
 泣き縋るこの人を遺して、私はなすすべもなく死ぬのです。
 せめて彼の涙を拭ってあげられればと思うのですが、身体はもはやぴくりとも動かなくなっていました。