「なんでも、ありません……」

 今は、好奇心より警戒心が勝りました。
 私は小さく頭を振ってから、ヒヨコに預けた缶を蓋します。
 見えかけた深淵から逃げるみたいに。
 ヒヨコがクッキー缶を抱えたまま、気遣わしげに顔を覗き込んできます。
 ギュスターヴも私をじっと見つめていましたが、閉じた蓋を再び開けさせようとはしませんでした。
 その代わりに大皿からクッキーを一つ摘み上げ、私の口元に持ってきます。
 ぷいっと顔を背けてやりました。

「けっこうです」
「お前はまったく……何なら食う気になるんだろうな?」
「それでしたら、魔王様。試しに飲ませてみてはいかがですか? 魔王様のち……」
「──黙れ、ノエル」

 今、何と言いましたか?
 魔王の、ち? 
 私に血を飲ませろと、そう言ったのですか? この元天使は。

「ノエルはどうかしていますね。どうりで堕ちるはずです」
「うっ、アヴィス……なんて冷たい目で私を見るんですか。最初に言い出したのは魔女なんですよ? 食事の代わりに、あなたに魔王様のち……」
「黙れ」

 ギュスターヴがノエルの口にクッキーを突っ込みました。
 ヒヨコもクッキー缶を抱えたまま私の前に躍り出て、生臭天使の視界から隠してくれます。
 修行を経てますます頼もしくなったその背中を見ると、彼が自分の手元に戻ってきたのを改めて実感しますね。
 しかしここでふと、私は疑問を抱きました。