太陽代わりの光源が、この日もプログラム通りに夕日を演出し始めました。
 空の色の移り変わりを見届けた私は、隣に腰掛けたギュスターヴに視線を移します。
 大きな掃き出し窓から差し込む光に照らされて、魔王の瞳はより一層鮮やかな赤に見えました。
 それが、無感動に足下に向けられます。

「──非礼この上なき我が一族の行いを、謹んでお詫び申し上げます」

 魔王の視線の先では、大きなドラゴンが一匹、額を床に擦り付けておりました。



 エミールが幽体離脱してきたり、無料体験の解約に手こずりまくったりと騒がしかったこの日の夕刻。
 取るものも取り敢えず魔王城に駆け込んできたのは、ドラゴン娘の父親──ドラゴン族の長でした。
 ソファに腰掛けた魔王の前に跪いた彼は、娘とその従卒の無礼を真摯に詫びた上、大きな正方形のブリキ製の箱を差し出します。
 私は、一目でそれに心を奪われました。

「ギュスターヴ、ほしい。これほしいです。受け取ってください」
「よしよし、珍しくアヴィスが食いついたな。いいだろう」

 袖を引いて強請る私に、ギュスターヴは機嫌のよさそうな顔をします。
 そうして、なおも床に額を擦り付けていたドラゴン族の長の後頭部をグリグリと撫でて言いました。

「手土産に免じて、今日のことは水に流そう」
「ご寛恕いただき誠にありがとうございます」

 ギュスターヴはますますドラゴン族の長の後頭部をグリグリします。
 そこにできていた、近年稀に見る巨大なタンコブを握り潰すみたいに。
 長というだけあって、娘はもとより、その従卒達よりもまだずっと大きな体躯をした立派なドラゴンですが──どういうわけか満身創痍でした。
 タンコブの他にも、全身に咬み傷やら引っ掻き傷やらがあり、両のほっぺになんて見事な手形が付いています。

「族長、手土産は貴様のチョイスか?」
「いえ、これはその……家内が持たせてくれたものでして……」
「ならば、よくよく妻に感謝することだな。──二度と、裏切らぬよう」
「はっ……肝に銘じまする」

 タンコブを揉みしだかれても痛がるそぶりも見せず、ドラゴン族の長は早々に魔王の前を辞しました。
 ほんの一瞬、私の隣に──三匹の同胞を斬ったヒヨコに、警戒するような眼差しを向けてから。