「魔王は同じ轍を踏まないよ。次は、お前さんの頭が弾け飛ぶことになる」

 笑顔で我が子に言うことではないと思いますが、そう突っ込む者は誰一人おりません。
 ノエルや他の幹部達も、平然としております。
 まったく、どいつもこいつもどうかしています。
 当のクリスさえ衝撃を受けた様子もなく、それどころか懲りずに片手を差し出してきました。

「じゃあ、おともだちから……」
「から、とはなんだ。から、とは。最終目標はなんだ。やはり、今のうちに潰しておこうか」

 ギュスターヴが物騒なことを言うのに、魔女はまたあっはっはっと笑います。
 いったいどこに笑うポイントがあったのでしょう。まったくもって理解に苦しみます。
 魔界人の常識や良識は、人間のそれとはかけ離れているのでしょう。
 人間としての生を終え、魔界で人ならぬ身体を与えられた私も、きっと。
 ギュスターヴの腕の中から片手を伸ばし、魔女に抱かれたクリスの小さな手を握りました。

「今日からお友達ですね、クリス。よろしくお願いします」
「う、うんっ、おともだち! よろしく、あゔぃす!」

 幼子相手に害意など抱くはずがありませんので、呪いなど恐るるに足りません。
 平然とクリスに触れた私を見て、魔女が笑みを深めました。
 ノエルやジゼルやオランジュの胡散臭いそれとは違う、母性が滲んだ優しい──ギュスターヴが私に向けるのとよく似た笑みです。
 ギュスターヴを父と、ましてや母と認識することは、未来永劫ありえませんが。

「おともだち! おれの、おともだち!」

 クリスがはしゃいだ声を上げ、私の手を握り返してブンブンと縦に振り始めました。
 幼い見た目にそぐわぬ強い力に振り回されてガクガクしていると、ギュスターヴがクリスの手を引き剥がしてくれます。
 今度は、魔女の呪いは発動しませんでした。
 
「ふふ……それじゃあ、私達も今日から友達だね? 魔王」
「貴様の世迷言は相変わらず突拍子もないな、魔女」
「だってね、子供同士が友達になったんだよ? 私達も〝ママ友〟だろう?」
「ママ友……? いや、私はどちらかというとパパだが」

 魔王と魔女──魔界の頂点と次点がまたおかしなこと言い交わしております。
 そして、やはりそれに突っ込む者は誰もおりませんでした。

 どいつもこいつも、どうかしています。