「よしよし、アヴィス。大丈夫だぞ。見てみろ」

 私は恐る恐る顔を上げます。

「どうだ、なにも問題はないだろう? しかし、驚かせたのなら謝る。すまなかった」

 確かに、魔王の右手は爪の先まで元通りになっており、傷一つないようです。
 私が矯めつ眇めつそれを検分する間、ギュスターヴは大人しくしておりましたが、そのうちまたろくでもないことを言い出しました。

「あれくらいの再生なら、私にとっては訳がないぞ。よって、お前に触れる者全てを木っ端微塵にする呪いをかけようとも差し障りない。木っ端微塵になったくらいで、私は死なんからな」

 木っ端微塵になっても死なないなんて……魔王というのはどれほどしぶといのでしょうか。
 とはいえ、よくよく思い返してみますと、吸血鬼ジゼルだって細切れにされて焼き尽くされても復活してきたのです。
 格下の彼女に可能なことが、魔界の頂点たるギュスターヴに不可能なはずがありません。
 魔王を破滅させられるものなど、はたして存在するのでしょうか。
 ともあれ……

「ギュスターヴは死ななくても、私の心が死んでしまいます」
「それはいかんな。やめておこう。まったく……お前がお父さんの言いつけを守っていい子にしていてくれれば、私も気を揉まずに済むんだがな?」
「お言葉ですが、ギュスターヴ。私はいつだっていい子ですよ。そもそも、あなたは私のお父さんではありません」
「私の血肉から生まれたのだから、誰がなんと言おうがお前は私の子……いや、このやりとりも何回目だ?」

 私とギュスターヴの会話に、幹部以外の観衆は戸惑いをあらわにしました。
 そんな場の空気を一切気にせず、再びクリスが口を開きます。

「あ、あゔぃす! おれと、けっ……」
「おやめ、ぼうや」

 彼の言葉を遮ったのは、今度はギュスターヴではなく魔女でした。
 目を丸くする幼子に、その母はにっこりとして続けます。