鋭い爪の切先とともに私に叩きつけられようとした怒号。
 それが、唐突に途切れます。
 ギュスターヴが、すっと視線を向けたせいです。
 口を大きく開いて硬直したドラゴン娘に、私を抱いたまま一歩近づいた魔王は凪いだ声で言いました。

「アヴィスはな、私の子なのだ」
「ま、魔王、さま……」
「子の行いの責任をとるのは、親たる私の役目だな。アヴィスに文句があるのなら、私が代わりに聞こうではないか」
「い、いえ……それは、その……」

 さっきまでの威勢はどこへやら。
 自称〝アヴィスのお父さん〟の申し出に、ドラゴン娘がビクリと体を震わせて後退ります。
 針のように細くなっていた瞳孔は一転、いまや怯えた猫ちゃんみたいにまんまるになっていました。
 鋭い爪が付いた両手を胸の前で握り締め、見ているこっちが可哀想になるくらいおろおろとし始めます。
 すっかり戦意を消失したドラゴン娘を見て、ヒヨコも双剣を鞘に戻しました。
 今度こそ、一件落着でしょうか。
 私は小さく息を吐いてから、ギュスターヴの肩に頭を乗せ直します。
 起きて早々、走って騒いで大泣きしたものですから、なんだかまた眠くなってきてしまったのです。
 それにしましても、腕力に訴えるどころか声を荒げることもなく、こんなにあっさりドラゴン族を屈服させてしまうなんて、魔王の名も伊達ではありませんね。
 ふかふかのマントの感触を堪能しつつ、ふわわわとあくびをする私の頭を、ギュスターヴが当たり前のように撫でてきます。
 以前、私がグリュン王国の元大臣が雇った傭兵に引っ叩かれて頬を腫らした時は、これぞ魔王といったすさまじい形相でブチギレたギュスターヴですが、今回は無傷であったためか特に怒っている風ではありません──なんて思ったのは、大間違いでした。

「ドラゴンどもの行いの責任を取るのは、族長の名代としてやつらを連れてきた貴様だな?」

 私の髪を撫でる優しい手つきとは裏腹に、彼の口からなんとも冷ややかな声が吐き出されたのです。
 ドラゴン娘は息を呑み、凍りついたみたいに動かなくなりました。
 魔王は三匹のドラゴンの遺骸を顎でしゃくり、容赦無く畳みかけます。
 
「あちらで事切れている連中は、私の子を害そうとしたらしいが──貴様、どう落とし前をつける気だ」

 前言撤回です。
 自称〝アヴィスのお父さん〟は、今回もやっぱりたいそうお怒りのようです。