「ギュスターヴ……おばあさまは、亡くなってはいない?」
「いない」
「……私のせいで死んでしまったのでは、ない?」
「ない」

 反論の余地もないほど、ギュスターヴがきっぱりと答える。
 その顔をまじまじと眺めたアヴィスは、やがて大きく大きく息をついた。

「おばあさまがぶじで、よかった……わたしのせいで、はめつしなくて、よかった……」
「……破滅?」

 ギュスターヴが片眉を上げる。
 彼はそのまま胡乱な目を頭上に向けた。
 魔界の紛い物の空でも、その上にある地界でもなく、もっともっと遠く高くにある存在に。
 しかし、安心して気が緩んだのかアヴィスがまたポロポロと涙を零し始めると、あっさりと視線を戻す。
 彼女を抱き上げて涙を拭ってやり、幼子をあやすみたいにゆらゆらと揺らし始めた。

「よしよし、もう好きなだけ泣くといい。この、お父さんの胸でな」
「……ぐすっ、ギュスターヴはお父さんじゃありませんってば……」

 居合わせた魔物達は言葉を失う。
 魔王の子煩悩っぷりはすでの魔界中で噂にはなっていたものの、実際目にするのはこの時が初めてという者も多かったのだろう。

「いやはや、本当におもしろくなってきたね」

 一方、声を弾ませてそう呟くのは、真っ黒い髪、真っ黒い服、真っ黒いとんがり帽子の魔女ウルスラだ。
 ウルスラを見つけたとたん、彼女とまったく同じ格好をした幼子と魔王城の門番を務めるガーゴイル飛んでいって、左右の手をそれぞれ握り締めた。

「おや、私の可愛い甘えん坊達」

 ガーゴイルは父親もガーゴイル、幼子は──ドラゴン族の長との間に生まれた、末っ子だ。
 どちらも、ウルスラが産んだ子供である。
 ここで初めてそれを認識した父親違いの兄弟は、すこぶる機嫌のよさそうな母を挟んで、改めてお互いをまじまじと見つめた。

「ふふふ、可愛いね。子供というのは、本当に愛おしいものだ」

 ウルスラは、慈愛に満ちた笑みを浮かべて子供達それぞれの頬にキスしてから、眼差しを注目の的へと戻す。
 当の魔王は周囲の視線などどこ吹く風だ。
 泣き疲れて大人しくなったアヴィスの頭を自分の肩に預けさせ、まるで壊れ物を扱うみたいに優しく髪を撫でていた。
 その表情は、今まさに我が子達の頬にキスをしたウルスラのそれと変わらない。
 アヴィスが元はただの人間の魂でしかなかったことも知れ渡っており、それに惜しみなく愛情を注ぐ魔王の姿を、ある者はおもしろそうに、ある者は呆然と見つめている。
 前者であった千年を生きる魔女は、笑みを深めてつぶやいた。

「魔王の子をこの手で取り上げるのも、夢ではないかもしれないね」