「──アヴィス」


 低く深く、そしていつになく硬い魔王の声が、私の名を紡ぎました。
 これに慌てたのは、私でもエミールでもなく……

「ほ、ほほ、ほらぁ! さすがに、会議を邪魔したら魔王様に叱られちゃうって言ったでしょう!!」

 後ろからついてきていたドリーです。
 ところで今更ですが、ギュスターヴが仕事をしている姿を見るのは初めてかもしれません。
 魔王というのは、一日の半分寝ていても務まるような楽な仕事だと思っていましたが、こうしてどっしりと座っていると、なるほど偉そうに見えますね。
 私に鼻呼吸を邪魔されて、ふが、とか間抜けな声を上げていた人と同じとは思えません。
 ドリーはそんなことをつらつらと考えていた私の前に回って背中に庇うと、円卓を囲む連中に向かってペコペコと頭を下げ始めました。

「ももも、申し訳ありません! 魔王様とお歴々の皆様! アヴィスは、私がきっっっつーく叱っておきますので! どうかどうか、お目溢しを……」

 あいにく、ドリーにきっっっつーく叱られてやるつもりなど微塵もない私は、無感動にその背中を眺めます。
 一方、ギュスターヴもドリーの言葉など耳にも入っていない様子で、じっと円卓の向こうから私を見据えたまま、いやに神妙な顔をして言いました。

「アヴィス、お前……何かに憑かれているぞ?」

 何かって……もしかして、私の隣でふよふよしているエミールのことでしょうか。

「いや、待て。その顔、どこかで見たような……ああ、思い出したぞ。地界でアヴィスをいじめていた子供だ」

 やはりエミールのことでしたね。
 ついでに言いますと、ドリーが危惧したみたいに、ギュスターヴは私が会議室に乱入したことを怒ってなどいなかったのです。
 ええ、そうでしょうとも。分かっておりましたよ。
 魔王はそんなことでいちいち腹を立てるような、器の小さいひとではありませんもの。
 一方、ギュスターヴに子供呼ばわりされたエミールは、負けじと言い返します。