生まれて初めて──死んでからも初めて繰り出した、私の渾身の一撃。
 それは確かに、頭上にあった顎に命中しました。
 しかしながら、傷を負ったのは結局、こちらの拳の方だったのです。
 皮膚が破れ、血が噴き出し、肉がえぐれ、骨まで見えていました。
 幸いというべきか、今の器には痛覚が備わっていなかったため私は平然としていましたが、対照的にギュスターヴとノエルの取り乱しようはそれはもうたいへんなものでした。
 魔王だとかその側近だとか、そんなたいそうな肩書きを持つ者達が、人間の小娘を挟んであばばばと慌てふためく様はあまりにも滑稽。
 沽券も何もあったものではありません。
 最終的には、この器の九割を担当したらしいギュスターヴが指先を切って垂らした血により、傷は瞬く間に完治したのですが。

「あんなに簡単に治るのでしたら、もう二、三発殴っておくのでした」

 今はもう傷ひとつない右の拳を矯めつ眇めつ眺めながらそう呟いていると、さっと右隣から伸びてきた手が庇うようにそれを包み込みました。
 黒い革の手袋をはめた、一回りは大きい手です。
 私は両目を瞬いて、小さく首を傾げました。

「殴ってはいけませんか?」

 手の主が、こくこくと何度も大きく頷きます。
 その切実な様子からは、殴られるギュスターヴの顎ではなく、こちらの拳を心配してくれているのがひしひしと伝わってきたため、私は素直にこくりと頷き返しました。

「わかりました。やめておきます」

 手の主が、ほっとした様子で肩の力を抜きます。
 けれども、私が左手の人差し指で革の手袋をツンツン突っつくと、それは弾かれたみたいに跳ね上がりました。
 そうして、断りもなく触れてしまったと謝るみたいにペコペコし始めた相手に、私はたまらずにっこりと微笑んでしまいます。
 何だか、うっかり女の子の手に触れてしまった思春期の男の子のようで、初々しくて可愛らしかったのです。
 とはいえ、実際の相手の様相はというと、初々しいとも可愛いらしいとも恐ろしくかけ離れたものでした。