「勇者とは、結局何なのですか? 剣士も賢者もスキルが明確ですけれど、勇者だけ急にふわっとしています」
「うむ……」
「勇ましい以外に形容のしようがない方なんですか? 他に特筆すべきことがないと?」
「……うむ」

 うむ、しか言わなくなったギュスターヴの肩口に頭を乗せたまま、勇者アヴィスが続ける。

「そもそも、勇者のくせに死後魔界に来るなんて、いったい何をやらかしたんです?」
「まあ、勇者がいつまでも英雄でいられるとは限らないということだ。そんなヤツも勇者としてのアイデンティティを保とうとしてか、魔界に来てすぐの頃は魔王たる私を倒そうと度々挑んできたが……」
「が?」
「一回サシで呑んだら、どうでもよくなったんだろうな。以後は、魔界の外れに小洒落たログハウスを建てて悠々自適の隠居生活を満喫している」

 勇者は、強いのは強いらしい。
 魔王には敵わなくとも、現役時代はジゼルクラスの魔物を倒すくらいの力量はあった。
 ゆえに、ギュスターヴはヒヨコを彼に弟子入りさせたのだ。
 ギュスターヴはアヴィスの頭をゆったりとした手つきで撫でながら続ける。

「勇者というのは単純な生き物でな。頼られれば応えずにはおられん性分なのだ。コレを立派な魔物討伐人に仕立てられるのは貴様しかいない、と散々持ち上げてあの死人を託したからな。死力を尽くして育てていることだろう」

 ところが、アヴィスからは何の反応も返らない。
 不思議に思ったギュスターヴが視線を下げれば……

「……眠ったのか」

 彼の肩口に頭を預けて、アヴィスはすやすやと寝息を立てていた。
 地界のローゼオ侯爵邸から戻って以来、彼女は時たま眠るようになった。
 非常に不規則である上、ギュスターヴの側にいる時だけという限定的ではあるが。

「……愛い」

 自称〝アヴィスのお父さん〟は、そんな彼女がまた可愛くて仕方がなかった。
 自分と同じ色のアヴィスの髪を撫で、そのこめかみに口付けを落とす。
 さらには髪に鼻先を埋めて、その香りを肺いっぱいに吸い込んだ。
 アヴィスが起きていたら嫌な顔をしそうだが、起きてはいないのだからどうということはない。
 そうして、自らが血肉を与えた体をすっぽりと腕に収めて、ギュスターヴはようやく瞼を下ろした。