「結局のところ、これは何の無料体験だったんだ?」
「オンラインヨガですけど」
「……いや、体験したのか?」
「一度たりともしておりません」

 胸を張って言い切るアヴィスに呆れそうになるギュスターヴだったが、彼女が可愛らしく口を尖らせて続けた言葉に、再び苦笑いを浮かべることになった。

「だって、ヒヨコと一緒にしようと思って登録したんです。それなのにあの子ったら、私が止めるのも聞かないで行ってしまうんですもの」
「ああ、そうか。アレが修行に出て今日で一月になるか」

 ギュスターヴはアヴィスの携帯端末をヘッドボードに置くと、彼女を抱えたまま再びベッドに寝転んだ。
 時刻は午前五時を少し回ったところ。魔王はまだ、五時間は眠る気満々である。
 彼の腕の中でもぞもぞし、肩口を枕にして落ち着いたアヴィスは、拗ねたような声のまま続けた。

「結局のところ、ヒヨコは誰に教えを請うているのですか?」
「勇者だな──いや、元勇者、というべきか」
「……勇者?」
「生前、そう呼ばれていたやつだ」

 アヴィスが生まれ育ったグリュン王国の初代国王も、かつて勇者であったと伝わっている。
 しかし、彼女は胡乱げな顔をして、前から思っていたのですけれど、と口を開いた。

「剣士は、剣術に精通した即戦力となる方を言いますよね?」
「そうだな」
「賢者は、知識が豊富で思慮深く、人々を助け敬われるような方」
「いかにも」
「では、勇者は?」
「……ん?」

 ベッドに横たわったことで閉じかけていたギュスターヴの瞼を指で無理やり開きつつ、アヴィスは続ける。
 この光景を見た者は、きっとアヴィスこそが勇者だと叫ぶだろう。
 何しろ、普段は存外理性的で温厚な魔王も、眠りを妨げる相手だけは問答無用で殺しにかかる超特級危険生物に変身するのだから。
 彼のベッドに無断で立ち入って生きているのは、長い魔界の歴史の中でもアヴィスただ一人だ。