「……アヴィスが……眠った」


 魔界で身体を与えられてからはや半月。
 これまで一度として眠ろうとせず、魔王以下保護者一同をやきもきさせていたアヴィスが、突如眠りに落ちた。
 思いがけずその瞬間に立ち会った面々は、顔を見合わせては感動に打ち震える。

「見てみろ、この寝顔……圧倒的に可愛いのだが」
「ええ、本当に可愛らしいですね。心が洗われるようです」
「かわっ、かわわわわ!!」
「うふふ、可愛い……」

 口々に言う魔界人達の眼差しは、まるで生まれたての赤ちゃんを囲んでいるかのようなほのぼのとしたものになっていた。
 アヴィスがこれを見たとしたら、どういつもこいつも、どうかしてます、とまた一蹴したことだろう。
 アヴィスの寝顔を愛でる会には、どピンクのコウモリもしれっと混ざっていた。
 半月ほど前、アヴィスを騙して屋敷に呼び寄せ食らおうとしたにもかかわらず、だ。
 そんな前科者に視線をやることもなく、ギュスターヴが問う。

「私は、貴様を再度滅ぼす必要があるのかないのか──それだけ答えろ」

 自分の手で細切れにして燃やし尽くしたはずの吸血鬼がどうやって生きながらえたのかに、ギュスターヴはさほど興味がない。
 彼が気に掛けるのは、ジゼルが再びアヴィスを害す可能性があるのかどうか、それだけだった。
 嘘も誤魔化しも許されない魔王の問いに、どピンクのコウモリは肩を竦めて答える。
 
「たとえアヴィスを食らいたいと思っても、もう不可能ですわ。だって、今のわたくしはこの子の眷属ですもの」
「ほう、眷属。貴様、生まれたばかりの私の子に使役されたというのか?」
「不本意ながら。魔王様に滅ぼされる直前、ほんのわずかですけれどアヴィスの血を口にしておりましたの。生き残れたのは、それの影響が及んだ砂粒ほどの細胞だけでしたわ」
「なるほど……これは、おもしろいことになった」

 ジゼルの細胞は密かにアヴィスに付き纏い、痛覚がないがゆえに彼女が軽率に流す血を啜って、ようやくこのコウモリの姿にまで復活を果たしたというのだ。
 しかし、アヴィスの血によってかろうじて存在を留めているジゼルは、彼女が死ねば今度こそ完全に消滅する。
 つまり、死にたくなければ、ジゼルはアヴィスを生かさなければならないのだ。
 それを聞いたギュスターヴは、自分の肩口ですやすやと眠るアヴィスの頭を撫でながら、彼女に見せられないほど獰猛な顔をしてくつくつと笑う。

「いいだろう。アヴィスに忠実な眷属である限り、私も貴様を生かしてやろうではないか」
「……ありがたき幸せに存じますわ。隷属の身は不本意ですけれど」
「なんだ、貴様。アヴィスが可愛くないのか?」
「可愛いですわよ。──食べて、わたくしの一部にしてしまいたいくらいに」

 うっとりと答えたジゼルに、ツンデレのヤンデレ、やば……、とドリーが自分を棚に上げてドン引きする。
 そんな中、アヴィスがふいにむにゃむにゃと口を動かした。