「──アヴィス!」


 ギュスターヴに抱っこされたまま魔王城に戻ったとたん、悲鳴のような声が私の名を呼びました。
 現在は魔王の側近をしている元天使、ノエルです。
 長い金色の髪を靡かせて駆け寄ってきた彼は、青い瞳をうるうるさせながら、まるで壊れ物に触れるように私の左の頬を手のひらで包み込みました。

「ああ、よかった! 頬の怪我……ちゃんと魔王様から精気を賜って治したんですね?」
「違います。賜ったのではなく強引に奪ってやったんです。ね、ギュスターヴ」
「いかにも。長く生きてきたが、あれほど情熱的に唇を奪われたのは初めてだな」

 大真面目な顔をして訂正する私とギュスターヴに、はいはいとおざなりな返事をしたノエルは、続いて血塗れの格好で小さくなっていたメイドに険しい顔を向けます。

「ドリー、あなたが付いていながら、アヴィスに怪我をさせるとは何事ですか。メイドとしてあるまじき失態ですね」
「も、申し訳ありません……」
「アヴィスに血肉を分けたと言うから、あなたをこの子の世話係にするよう魔王様に進言しましたが……もっと優秀なメイドと交代していただきましょうか」
「そんな! いやっ……いやです!! アヴィスを他のメイドに任せるくらいなら、いっそこの手で……」

 ツンデレがヤンデレに闇堕ちしそうな気配を察知した私は、慌てて口を挟みます。

「ドリーを責めないでください。不測の事態に陥りながらも、全力で私を守ってくれたのです。とても頼もしくて惚れ惚れとしました」
「はわわわ、アヴィス! どうしよう、うれし……」
「まあ、頭の中すっからかんのケダモノみたいでしたけれど」
「一言多いー!!」

 そんなやりとりを見て、私がドリーと打ち解けていると判断したのか、ノエルはメイドを交代させるのは保留にしたようです。
 彼はもう一度、私の左の頬を労るように撫でながら呟きました。

「誰かがあなたをぶったのですね、かわいそうに……。あなたに痛覚がないと分かっていても、あのような痛々しい写真を見せられると胸が痛みます」
「そのことですが」

 私はここでノエルの手をぐっと掴み、青い目を覗き込んで問います。