「──くそっ!!」


 廊下の床に両の拳を叩きつけ、グラウは悔しそうに吐き捨てた。
 今の今まで、その床の上に開いていた穴はもう跡形もなくなってしまっている。
 グラウはまたしても、愛する妹を成す術もなく魔界の王に連れ去られてしまったのだ。
 
「くそ……」

 半月ほど前にグリュン城で執り行われたパーティーで、グラウの妹アヴィスは殺された。
 彼女の許嫁であった第一王子エミールは嘆き悲しみ、絶望し、そして怒り狂い、アヴィスに対してわずかにでも悪意を持っていた人間全てに牙を剥いた。
 一番の仇であった第二王妃の取り巻きなど、それはもう凄惨な末路を辿ったものだ。
 そんな中で、大臣の一人がまんまと国外へ脱出していたのだが、それが傭兵集団を雇ってローゼオ侯爵家を占拠しているという一報が入ったのは、つい先ほどのことだった。

「グラウ……」
「ローザ、駆けつけるのが遅くなってすまない。怪我は?」
「ございません。使用人達は大広間に集められておりますが、全員無事です」
「そうか、無事でよかった」

 彼の妻ローザは、聡明で気丈な女性だが、この時ばかりはさすがに青い顔をしていた。
 グラウはおずおずと近づいてきた彼女を抱き寄せると、小さくため息を吐く。
 一部始終を目撃したらしいローザの話では、前大臣は何やら化け物のようになった傭兵達に食い殺され、残骸も血糊も何もかもが、後から現れた魔王によって消し飛んでしまったのだという。
 
「グラウ、魔王なんてものが本当に実在するのですか? それに、アヴィスだって……あの子はもう、死ん……」
「蘇ったんだ。アヴィスは生きている。私もエミール──国王陛下も、いつか必ず、あの子を魔王から取り返すつもりでいる」

 ローザの言葉を遮って、グラウはきっぱりとそう告げる。
 アヴィスが蘇ったことを喜ぶ素振りもない妻を、彼の緑色の瞳は冷ややかに見下ろしていたが、すぐに顔面に笑みを貼り付けて言った。

「よくぞ、ローゼオ家と使用人達を守ってくれた。君のような頼もしい妻がいてくれるからこそ、私はこうして陛下に尽くすことができるのだ。感謝しているよ」
「まあ……光栄に存じますわ」

 夫からの労いの言葉に、ローザはようやく安堵のため息を吐きかける。
 しかし、次の瞬間──