「──アヴィスぅううう!?」
「ごきげんよう、兄様」

 おそらく、前大臣がローゼオ家を占拠しているという情報を得て、王城から駆け付けたのでしょう。
 しかし、私がいることも……

「──と、魔王ぉおおお!?」
「さらばだ、アヴィスの兄」

 ギュスターヴがいることも知らなかった兄は、素っ頓狂な声を上げます。
 面倒くさい気配を察知したのでしょう。
 ギュスターヴはさっさとこの場を去ることにしたようです。
 いつの間にか、足下の床にはぽっかりと穴が空いていて、闇の中に階段が続いていました。
 以前、ヒヨコと一緒にグリュン城を訪ねた私を迎えにきた時と同様、ギュスターヴが魔界への帰り道を開いたのでしょう。
 カツカツと固いブーツの底を鳴らして階段を下りていく彼に、慌ててドリーが続きます。ジゼルは、ちゃっかり魔王のマントの裾にしがみ付いていました。

「ま、待てっ……!!」

 ここでようやく我に返ったらしい兄が駆け寄ってくる気配がありましたが……

「アヴィス……アヴィス!! 魔王、アヴィスを返せっ!!」

 あと一歩のところで穴は閉じてしまい、兄の悲痛な声だけが辛うじて私達の背を追い掛けたのでした。