伯爵家の三女であった義姉は、期待に胸をふくらませて格上であるローゼオ侯爵家に嫁いできたのだと言います。
 ところが、彼女の夫──グラウ・ローゼオは、妹の私と第一王子エミール、それから騎士団にしか興味がありませんでした。
 その上、思わぬ事故で早々に先代夫妻が亡くなってしまって、義姉は右も左も分からぬまま一家を仕切らねばならなくなります。
 幸いにも、当時すでに双子を身籠っていたこともあり、使用人達は義姉に対して協力的でしたし、兄は家のことには無頓着なので彼女の仕事ぶりにケチをつけることもありません。
 それでも、義姉にとって精神的に多大な負担を強いられる存在がありました。
 それが、私だったというのです。

「アヴィスの母親役なんて──本当は、したくはなかった」

 真正面から投げつけられたその言葉に、私は全身に冷水を浴びせられたような心地になりました。
 そんな私から顔を逸らし、義姉が苦しそうな声に続けます。

「でも、そんなことは言えなかったわ。だって、あなたを蔑ろにしたら追い出されるのは私だもの。グラウも、家令もメイド長も、他の使用人達も……みんな、アヴィスの味方だった」
「あね、さま……」
「必死だったのよ。必死に我慢して、いい義姉を演じていたの。アヴィスはじきに王太子妃に、そして王妃になる。私は一介の侯爵夫人には収まらず、王妃に慕われる義姉という立場を手に入れられる──そう、何度も自分に言い聞かせてここまできたの」
「……あねさま……」

 私は、一歩二歩と後退りました。
 柱の陰では、ジゼルが再び傍観に徹しています。

「それなのに、呆気なく死んでしまって……私は何のために、十年も我慢させられたのかと悔しくなったわ」

 両の拳を血に染めたドリーは、私と義姉をおろおろと見比べます。
 グライスとパルスは、物陰に隠れたまま母の独白に耳を傾けていました。

「けれど、同時にほっとしたの。もう、いい義姉なんて演じなくていい。自分が産んだわけではない子供の母親役を務めなくていい、と」

 そうして最後に義姉は、さも辛そうに言うのです。