最期に口にしたワインは、血の味がしました。

「──アヴィス!?」

 人の命とは、ひどく儚いものです。
 まさしく、この足下で粉々に砕け散ったワイングラスのように。
 私は今、それを身をもって思い知っているところです。

「アヴィス! アヴィスッ!!」

 ワイングラスの破片の上に崩れ落ちそうになる体を抱き留めてくれた人が、喉を潰さんばかりの声で叫びます。
 私、アヴィス・ローゼオの十八年に及ぶ人生で、もう何度も何度も耳にした声。
 それが今、初めて聞くような悲痛な音で自分の名を紡ぐことに、私はひどく胸が痛みました。

「アヴィス、どうして! いやだ、いやだっ!!」

 艶やかな金色の髪を振り乱し空色の瞳からボロボロと涙を溢れさせ、半狂乱になって縋り付いてくるのは、この雪深いグリュン王国の第一王子、エミール・グリュン。
 ローゼオ侯爵家の娘である私とは、生まれながらの許婚同士でした。
 大人しくて引っ込み思案で泣き虫で、けれども優しくて純粋で虫一匹殺すこともできない、まさしく天使のような男の子。
 私は許嫁として、幼馴染として、きっとどんな悪意や困難からも彼を守っていこうと固く心に決めていたのです。
 ああ、それなのに……

「アヴィス! アヴィス!! お願い、目を開けてっ!!」

 エミールの立太子を一月後に控え、今宵王城の大広間で執り行われていたのは、国王陛下の即位二十周年を祝うパーティーでした。
 この日のためにローゼオ侯爵である兄があつらえてくれた空色のドレスを、口から溢れ出た血が汚してしまいます。
 けれども、私はそれを厭う余裕もありませんでした。
 だって、こんな言葉を耳にしてしまったのですから。

「エミール王子、なんと恐ろしいことをなさるの! ご自分の婚約者に毒を盛るなんて……!!」