もうどれぐらい時間が経ったんだろう。
ママに連れられて、家に帰ってきて。それからリビングに座ったママの前に、わたしが座っている。
ママは、一言も話してくれない。
呼びかけたりはしても、返事もない。
着替えたほうがいいけど、ママに背中を向けることは怖くて、男の子の格好でいる。
時計の秒針の音が、やけに部屋に響いていた。


「……季衣」


ママが、ようやく口を開いた。


「その格好は……なんなの?」


おでこに手を当てて、疲れ切ったみたいな顔。
ママのこんな顔を見るのは初めてだ。


「……この格好で、学校に行ってるの」


手をぎゅっと握る。こんな姿、ママは見たくなかったはずなのに。


「どうして……? 朝は、ちゃんとスカート履いてるでしょう? それに、その髪も」


黒髪ウィッグも、今も被ったまま。
ママが好きだと言ってくれたわたしの髪を隠すように被っている。


「……途中の公園で着替えてて」
「着替えてるって……なんで男の子みたいな格好なの?」
「これは……」


わたしが女の子じゃなかったらって何度も考えてた。
そしたら、ママはわたしにドレスなんか着せようと思わなかったはず。
わたしが、女の子だから。


「ごめんなさいね……ママ、おどろいちゃって。でも、季衣が男の子の格好してるなんて……信じられなくて」


だって、そう言ったママは視線をわたしに向ける。


「かわいい季衣が、どこにも……」


わかってた。
ママは、わたしにかわいいままでいてほしいことを。
わたしがだれかに「かわいい」って褒められたら、ママは自分のことみたいに嬉しそうで。
そんなママを見ることが好きだった。


「……もしかして、またイジメられてるの?」
「!」
「だから、そういう格好してる? だれかに男の子の格好しろって脅されて」
「ちがう……!」
「まさか、さっきの男の子? ほら、赤い髪をした……あの子にイジメられてるんじゃ」
「だから、そうじゃないの……!」