伏見にそう言われると彼方は慌ててついていく。社長を始め各部署に挨拶を終えるとさっそく専務取締役の執務室に戻る。そして彼方用のデスクに向かい、仕事を与えられる。といっても書類の整理やメールの確認などの雑用ばかりで、初日から大掛かりな仕事は与えられないらしい。

「まあ、今日はこんなところやろ」

「あ……もうこんな時間なんですね」

 気づけば時計は18時を指していた。窓の外を見ればすっかり日も暮れて真っ暗だ。しかしまだ仕事が残っているのか伏見は席を立つ様子はない。そんな彼に彼方は声をかける。

「あの、コーヒー入れましょうか?」

「お、気いきくやん。でもええわ。今から行くとこあんねん」

 そう言って伏見は席を立つ。彼方は自分はどうすればいいのかわからず、その場に立ち尽くす。すると伏見が彼方の肩に手を置く。

「そないぼーっとつったっとらんと、はよ準備しや」

「はい?」

「あれ?僕言うとらんかった?これから取引先とのパーティーあるて。僕と出席するんやで?」

「え、はい?ええ?」

「せやから、呼ばれとんねん。彼方は僕の補佐なんやから取引先のパーティーに行くんも当たり前やろ?」

 伏見の説明に彼方の思考回路はショート寸前だ。しかし伏見はそんな彼方をほったらかしにして話を進める。そしてそのままタクシーに乗せられて会場まで連れていかれるのだった。



***


 大企業のNo.2の伏見は更なる会社の発展のために、大手の取引先のパーティーに出なければならなかった。そこの会長は若い女性がいるとご機嫌で、トントンと商談の話やらが進む傾向があり、伏見もそれを狙っていた。

 しかし社員だと角が立つ。セクハラなんて訴えられたらまずい。だから、後腐れのない、自分の言うことをなんでもきく駒を探して、あの日ーー彼方に目をつけた。