「へ~上から読んでも下から読んでもたなかかなた、か。おもろいな、覚えとくな」

 伏見は屈託なく笑う。その笑顔が眩しいのに彼方には目を反らせなかった。そして伏見は彼方にこう言う。

「僕と取引せーへん?」

 伏見の言う『取引』とは、彼の勤める企業で働いてほしいということ。仕事内容は伏見の補佐役だが……実質はなんでも言うことをきく駒だ。それは今までの職場と変わらない、そう彼方は思った。

 そんな彼方の顔を見て察したのか、伏見が笑う。

「そない身構えんでもええよ」

「……私じゃなくても大丈夫ですよね?」

「まあな?でも他の奴よりきみが適任や」

「……何故ですか?」

 彼方は恐る恐る問う。いったい自分の何をそんなに評価するのか、と。彼方の言いたいことを察して伏見はニッと歯を見せて笑う。

「やって、きみは絶対僕を裏切らんやん?」

 その言葉に彼方は目を見開く。真っ直ぐに相手に尽くす自分の短所を伏見は長所として、必要としてくれている。

 彼方の心が揺れ動いたのをわかって、伏見はただ、最後に一言だけ言う。

「僕のこと、助けてくれん?」

 そんな甘い言葉に彼方は頷く他なかったのだった。