「僕ならそんなんできひんわ。やって、自分のミスを部下のせいにするような奴庇おう思わんし。僕には考えられへん。せやから、きみはすごいな」

 男性は穏やかに笑った。彼方はその笑顔を見て、胸が締め付けられる感覚になる。自分の愚かな行動をこの人は認めてくれるのだと。他の誰もが跳ね除けたのに、この人はいとも簡単に掬い上げてくれる。

 彼方がまたもや泣きそうになるのを見て男性はカラカラと笑う。

「ほんまピュアやなぁ。よく言われへん?ピュアガールとか」

「言われたことないです……」

「ええ、ほんまに?感情ダダ漏れでそないピュアなんになぁ。でも、そんなきみなら裏切らん思て縋るやつぎょーさんおるやろな」

「そんなことないですよ……それに、今はもう……」

 誰一人自分の元には残らなかった。
彼方は言葉に詰まる。男性も深く追求しようとはしない。重たい空気の中、クリームソーダのグラスを手にとる。そんな時だ。男性が急に身を乗り出して、人の良さそうな笑みで彼方に言う。

「なあ!きみの名前なんて言うん?」

 突然の質問に彼方はたじろぐ。その反応をみて男性は慌てて詫びる。

「いや、あかんな。マナーとしては僕の方から名乗らんとな」

 そう言うと男性は胸ポケットから名刺入れを取り出す。その中の一枚を彼方に差し出した。それを受け取り彼方は驚く。そこには大企業の社名と専務取締役という肩書き。

「え、あの……これって、副社長?すごい、方だったんですね」

「せや副社長やねんけど、専務取締役って言い方の方がなんやかっこええやん?」

 目を丸くして驚く彼方に男性は平然と笑うだけ。そして彼方に自分の名を名乗る。

「僕は伏見千尋(ふしみ ちひろ)いうねん。一応そこに書いてある通りのお偉いさんやな」

「伏見さん……」

「ほんで、きみの名前は?」

「……田中彼方です」