彼方は絞り出すような声で伝える。伏見は反射的に「ちゃう!」と答えた。

「僕はきみが好きや。きみを欲しとる」

「私が応えないと、思い通りにならないと……耐えられないでしょう?それは愛でもなんでも、ないんですよ」

「そんなことないで!僕はっ、きみを愛しとる。ほんまやっ……」

 彼方はゆっくりと言葉を選びながら伏見に諭す。


「見返りを求めたら、それは愛ではないんですよ」

 その言葉には伏見はハッとして、彼方を抑えていた腕の力が抜ける。

「せやけど……僕は……」

 伏見は言葉を続けようとしたが、それは彼方の人差し指によって遮られた。そして優しく微笑む。

「伏見さん、私が伏見さんを裏切ることはないです。だから、怖がらないでください」

「……僕、怖がっとる?」

 恐る恐る聞く伏見に彼方は頷く。

「私は伏見さんに救われました。だから、あなたに必要とされるのなら駒でもいいと思ってます。それは、あなたに裏切られても、変わりません」

 彼方の言葉は伏見の心をえぐる。過去の出来事は嘘じゃないと、変えられないと言われているようで、胸が苦しい。

「僕のことは、好きにはなれん?」

「……私の想いは変わりません。好きとか、嫌いとか……そんなものじゃないんです。伏見さんは、私にとって……敬うべき存在ですから」

 彼方は選ぶように言葉を紡ぐ。それは本心を違うことなく伝えようとしていて、伏見は眉を下げて小さく笑うと力なく、声に出す。

「さよか……参った……」

 伏見はそっと彼方から離れると自分のデスクの椅子に座り背を向ける。
 伏見は彼方に諭されて気づいた。自分がいかに彼方に拘っていたのかを。駒だと決めて所有欲が執着になったのだと。だから、決めた。

「僕、もうきみのこと困らせるんやめるわ。ただ……毎日、“好き”だけは伝えてもええかな?」

 震える声で伏見は尋ねる。それは彼方への執着を捨てて、ただひたすらに想うことを赦してくれと懇願していてーー。

「……いいですよ。私はただ、聞いてるだけですけど」

「それでええねん。見返りなんかいらん。ただ、伝えることだけを許してくれたら、十分や」

 彼方の方を振り向いて、伏見は力無く笑った。