逃げるように伏見の下を去った彼方は、その日以降ずっと伏見に猛アタックされ続ける。それは朝の打ち合わせから定時まで、時間の許す限り、伏見は彼方から離れなかった。

「なぁ、そろそろ一緒に帰らへん?」

「まだ仕事が残ってますので……」

「そんなん僕がやっとくから」

「……これは私の仕事なので、私がやらなきゃ意味がないです」

 頑なに拒む彼方に伏見は少し残念そうにしながらも引き下がった。しかし諦めきれないようで、隙あらば誘うのをやめない。
 
 そんな日々が続いたある日のことだ。いつものように伏見の誘いを断った彼方が帰ろうとすると、廊下で社長に呼び止められる。

「お疲れ様です社長」

「おーう、お疲れ。最近どう?伏見からの熱烈なお誘い。鬱陶しいでしょ?」

 笑いながらそう言う社長に彼方は苦笑いで返すしかなかった。

「でも、伏見があんだけ一途に想ってるのなかなかないぜ?さすがの彼方ちゃんでも絆されちゃうんじゃない?」

 社長は冗談交じりで言うが、彼方は首を横に振った。

「そんなことないです。伏見さんとは上司と部下としての関係だけですから」

 そんな答えを聞いて社長は少し驚いた顔をする。そしてすぐにまたニヤリと笑った。

「へぇー……じゃあさ、俺と付き合ってみる?」

 突然の提案に彼方は言葉を失う。しかし、すぐに我に返った。

「からかわないでください」

「いやいや?結構マジよ?俺なら彼方ちゃんの望む通りにしてあげられるし、大事にするよ」

 笑う社長に彼方は困惑する。自分が望む通りに叶うというならば、これほど贅沢な条件はない。女性は愛される方が幸せになれるともよく聞く。

 しかし、彼方が望むのは……そんなものではない。

「ーーあかんて、彼方は僕のや言うとるやろ」