伏見は彼方の耳元に唇を寄せて囁いた。その声に背筋がゾクゾクとして体が強ばる。そんな様子に伏見はさらに楽しげに笑った。

「それとも、僕に食べられたいん?」

 その言葉に彼方の顔が真っ赤に染まる。伏見はそんな彼方の反応を楽しむかのように見つめるとそのまま顔を近づけてきた。そして唇が触れそうな距離までくるとピタリと止まる。

「ほら、どないする?」

「〜っ!」

 彼方は思わず伏見の体を押し退けた。離れた途端に伏見はまた楽しそうに笑って「上出来」と答える。

「伏見さん……っ、からかうのもいい加減にしてください!」

 顔を真っ赤にしながら抗議する彼方を伏見は見つめる。けれど伏見は真面目に取り合わない。

「僕の駒をどう使おうがかまへんやろ?わざわざ僕が直々にセクハラ対策に協力してやっとんのに、その言い草はなんやねん」

「でも……っ!」

 慌てる彼方に伏見は手を振りながら答える。

「まあええわ。今日はここまでにしとこか」

 伏見の言葉に彼方はホッと胸を撫で下ろすと、そのままお辞儀をして部屋を出て行った。仕事に戻るも彼方の心臓はまだドキドキとしていた。

 伏見は、あんな人だっただろうか?そう思いながらも彼方は伏見に抱きしめられる、その感触を忘れられずにいた。



 執務室のデスクで書類を捌きつつ、伏見はここ最近の自分の行動を振り返る。
 
 最近やたらと彼方のことが気になる。ふとした瞬間に、彼方が今どうしているだろうか?何をしているのだろうか?と考えてしまうのだ。そして考える度に、彼方が目に入ると彼女を揶揄うようなことをしてしまう。彼方の反応をみて楽しむ。それはまるで伏見自身の願望であるようにも感じた。

「ほんまにどないしたんやろ」