そこに、かけられる声。見上げれば黒髪のマッシュヘアの男性が目を細めて彼方を見下ろしている。その細目から覗く瞳に吸い込まれそうで……ぼーっとしていると男性は彼方の荷物を拾いダンボールに詰める。それを持って、次は彼方の手を取って立ち上がらせる。

「こないなところで可愛い子が荷物ぶちまけて倒れとるから、童話から逃げてきたお姫様かと思ったわ」

 カラカラと笑いながら男性はそんなことを言う。彼方は頭が追いつかず、うまく返事ができないでいた。すると、男性はどんどん話を進めていく。

「あれ?知らん?ほら、おるやん?舞踏会にでるお姫様」

「……ガラスの靴を落とした、シンデレラのことですか?」

「せや!ガラスの靴やったわ。でもまあ、荷物も靴も似たようなもんやろ」

 男性はまた笑った。彼方は反応に困ってしまい、眉を下げて男性を見つめる。彼方よりほんの少しだけ背の高い男性は全体的にスラッとしており、オフカジスタイルもおしゃれでスマートな印象を持たせる。

「そない見つめられたら穴が開いてまうわ」

「あっ、その……すみません」

 ジーッと見すぎたことを彼方は謝り、顔を俯かせる。こんな知らない人に迷惑までかけて、何やってんだとまた気分が落ち込む。

「まあ、そんな気ぃ落とさんと。なんかあったんやろ?」

「……なんでわかるんですか?」

「わかるよ、僕エスパーやから」

 男性は冗談交じりに笑う。彼方はその笑顔につられて口元が綻ぶ。こうして人の笑顔をみると少し気が紛れるものだと彼方は思った。

 信じてた人に裏切られてボロボロだった彼方の心。他人なんて所詮何かあったら簡単に切り捨てられる。そんな風に思っていて……今、心が暖かくなるのも、そこに染み込む言葉をかけてくれるのも、他人なんだと痛感した。目頭が熱くなる。