その言葉に彼方はハッとして、すぐに頭を下げるとその場を後にする。そして会場の外まで出るとそのままタクシーに乗りこみマンションへと帰るのだった。

***

 自宅について彼方は座り込む。伏見にフォローされなければ、あのままどうなっていたのだろうと。今になって体が震える。

「こわかった……」

 彼方は顔を覆う。会長相手に仕事のために媚びへつらって、本当に恐ろしかった。でも伏見に期待されているのだから頑張らなくてはと必死だった。
そんな時だったーーインターホンが鳴るのは。

「誰だろう……?」

 恐る恐る玄関に向かいドアを開ける。そこには伏見が立っていた。

「……え?ふ、伏見さん?」

 なんでここに、と彼方が問う前に伏見はズカズカと部屋に上がり込む。そしてそのままリビングのソファに座り込み足を組むと、ジッと彼方を見据えた。

 その目はいつもの微笑みを浮かべる細目ではなく、鋭い目つきで、彼方はドキッとする。

「あ、あの……伏見さん?」

「すまんなぁ、社員の住んどるとこも把握済みなんや。まあ、そこは気にせんとって」


 彼方の疑問に伏見は答えてから一呼吸おく。



「ーーなんで拒否らへんの?」

「え?」

「あんなん相手に媚び売って、体触られて」

「……それは」

 伏見が何を言いたいのかわからず彼方は戸惑う。しかし彼はそんな彼方を気にも止めず言葉を続ける。

「確かに僕の補佐としてきみはあの場におった。取引先との大事なやり取りも仕事の一つや。せやけどな、あのままやったら今頃喰われとったで」

「え?」

「あの会長、若い子好きやねん。女も男もな。せやから、彼方みたいな可愛い子がいたら手ぇ出すに決まっとる」

 そんな伏見の言葉に彼方は顔を青ざめる。その顔を見て、伏見は内心舌打ちをした。