「栞ちゃんはね、どういうわけか遊園地のアトラクションでは観覧車だけが苦手みたいなの。わたし、栞ちゃんにジェットコースターのお返しが出来てよかった」
 光子はにんまり微笑んだ。
「しーちゃんにも苦手なものがあったんだね? 観覧車はのんびりしてて、乗り心地いいのに」
「まっ、まあね。ワタシ、のんびりした乗り物なら手漕ぎボートの方がええよ」
 栞の新たな一面が見ることが出来た果歩は、とても嬉しそうだった。
 
     ☆
 
 
 その日の夜、四人みんなで竹乃宅の露天風呂で菖蒲湯を楽しんだのだった。

 第四話 中間テストが始まっちゃう

 五月六日木曜日、五連休明け。帰りのホームルームにて。
「それではみなさん、中間テストの日程範囲表を配るわね。もう二週間切ってるよ。ゴールデンウィークから頭を切り替えて、しっかりお勉強しましょうね」
 楞野先生はこう忠告し、A4サイズのプリントを配布した。
「中学のテストって、難しいんだろうな」
「少なくとも公立中よりは難しいやろう。0点とったらどないしよう」
 不安げな果歩と竹乃をよそに、
「まあ二人とも、そんなに心配せんと。リラックス、リラックス」
「小学校の延長みたいなものだからね」
 栞と光子は余裕綽々だ。

       ☆

 あっという間に訪れた五月十八日火曜日、中間テスト初日。朝、七時頃。
「おはようございます」
 竹乃は、果歩のおウチのインターホンを押し、扉を開けた。
「おはよう、たけちゃん」
 すると、玄関先に出て来たのはいつもとは違い、果歩であった。
「やあ果歩、もう制服に着替えとうやん。ちゃんと早起き出来たんや」
「うん。今、朝ごはん食べてるところ。入試の時みたいに、緊張してなかなか眠むれなかったよ」
 果歩の目には、ちょっぴりくまが出来ていた。
「さすがの果歩も、昨晩は勉強したんやな?」
「いやいやー。そのはずがいつの間にか絵本読んでたよ」
 果歩は眠い目をこすりながら告げた。
「うちと同じやな。うちも勉強の息抜きと思ったらついついラノベに手が伸びてたわ」
 竹乃は苦笑いしながら語る。
「きっと、なんとかなるよね?」
「たぶんな」
 無理やり楽観的な考えをしてみる二人は、今日は七時半過ぎ、時間にかなりゆとりを持っておウチを出発した。
 一組の教室へ辿り着いたのは八時頃のこと。
「あっ、おはよう栞、光子」
「みっちゃん、しーちゃん、もう来てたんだ。バスで会わなかったからもしかしたらって思ってたけど」
「うん。今日は一時間くらい前には来てたよ。開門時間が来てすぐに」
「わたしは栞ちゃんの付き添いで仕方なく来てるの。眠いのに。早起きするために九時頃に布団入ってもなかなか眠れないもん」
「ミツリン、ワタシは深夜アニメ三時半頃まで見てたんよ。ほんまはもう少し早く寝るつもりだったのにプロ野球中継ダラダラ延長してたから、仕方なかってん。ミツリン以上に睡眠時間削っとうよ」
「栞は余裕やな。さて、うちは最後の悪あがきでもしよう」
 竹乃は英語の教科書を取り出し、試験範囲のページに書かれている英文に目を通す。
 ところが五分も経つと、
「あー、飽きてきたわ」
 竹乃は嫌気がさしたのか、教科書をパタリと閉じた。
「たけちゃん、気分を変えて暗記系の社会やろうよ」
 果歩は教科書の太字で書かれた用語を一生懸命覚えようとしていた。
「その方がええな」
 竹乃も社会科の教科書を取り出す。
 そうこうしているうちに八時半のチャイムが鳴り、楞野先生がやって来た。
「グッモーンニン。中学生活最初の中間テストですが、リラックスして臨んで下さいね。机の中、スマホの電源、確認はいいかな? それでは冊子を配るね。中に問題用紙と解答用紙が入っているかチェックしてね」
 テスト用紙が後ろの方の果歩の席にも行き渡った。
(こっ、これが中学のテスト問題か)
 果歩の心臓の鼓動はやや高まる。
 そして八時四〇分。
「それでは始めて下さい」
 チャイムの音と共に、楞野先生から合図がかかった。
 一教科目、英語。
 試験時間は授業時間よりも五分長く、五〇分間設けられている。
 果歩と竹乃は一問目から手をつけた。
(えっ!? これ、教科書やワークの問題と違うよね。聞いてないよこんなの。全然分からないよう)
(嘘やっ。こんなはずじゃ……どないしょう)
 果歩と竹乃、予想外のレベルの高さに戸惑う。

 九時半、試験時間終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
「みなさん、シャープペンシルを置いて下さい。一番後ろの人が回収してね」
「先生、あと五分だけ下さーっい」
 果歩は焦りの表情を浮かべながら挙手をして、楞野先生に懇願した。
「いけません。不正をすると全科目0点になりますからね」
 楞野先生はにこっと微笑みながら果歩に優しく注意した。
「わーん。まだ半分くらいしか埋まってないのにーっ」
「あのう、早く渡してね」
 果歩の答案を回収しに来た子は、大変申し訳なさそうに回収していた。
「たけちゃんも、英語出来なかったよね?」
「うん。やっぱ英語はむずいわ~」
「ほんと難し過ぎるよ」
 休み時間、果歩と竹乃はぶつぶつ不平を述べていた。
 続いて社会科。十時半、チャイムが鳴って一日目の試験日程は終了。
「果歩、社会の方はどうやった?」
「こっ、こんなはずじゃ……社会も得意なはずなのに。難しかったよ。50点あればいい方かな」
 果歩はがっくり肩を落としていた。
「うちも、そんくらいかな、たぶん」
「お二人とも気にしないで。誰もが通る道だと思うので……」
 光子は二人に励ましのお言葉をかけた。
 三教科目の国語は、果歩も竹乃もそこそこ出来たようだ。
「ハァー、明日は私の一番苦手な理科に、数学だよ」
「数学は難しいよな」
「カホミン、タケノン、そう悩まんと。これから気晴らしにゲーセン行こうぜ」
「たまには脳をリフレッシュすることも大事よ」
 栞と光子は、自信を無くしている二人を勇気づけようとした。
「学校帰りに、しかもテスト期間中に、ええんかな?」
 後ろめたそうにしている竹乃に、
「もっちろん! 校則にはないからね。ワタシ小学校の頃から保護者不在で行きまくっとうよ」
 栞はきっぱりと言い張った。
 そういうわけでこの四人は、近くのショッピングセンター内の女性・ファミリー向けゲームセンターへ。
「カホミンとタケノンはどれで遊びたい?」
「私、あそこのUFOキャッチャーやりたぁーい!」
 果歩は興奮気味に希望を伝えた。
「カホミンはぬいぐるみが取りたいんやな?」
「うん!」
 四人はさっそくそのゲーム機の所へ近寄る。
「あっ、あのオランウータンさんのぬいぐるみさんかわいい! 私、めちゃくちゃ欲しい!」
 果歩はケースに手のひらを張り付けて叫び、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「果歩ちゃん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるよ。物理学的視点で考えても難易度は相当高いよ」
「大丈夫!」
 光子のアドバイスに対し、果歩は自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。
「果歩、頑張りやっ!」
「よぉーし。絶対とるよ!」
 慎重にボタンを操作してクレーンを操り、目的のぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。
 続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。 
「あっ、失敗しちゃった。もう一度」
 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間がいっぱいとなってしまった。
「もう一回やるう!」
 果歩はもう一度お金を入れ、再挑戦。しかし今回も失敗。
「今度こそ絶対とるよ!」
 この作業をさらに三度繰り返した。けれども一度もクレーンでつかみ上げることすら出来ず、
「わぁーん、たけちゃあああっん。あれとってえええええええ」
 とうとう泣き出してしまった。お目当てのものを指差しながら竹乃に抱きつく。
「まかせとき、機械に食われた果歩のお小遣い五百円の敵、うちが討ったる!」
「あっ、ありがとう。たけちゃん、いつも頼りにしてごめんね」
「ええって、ええって」
 竹乃は果歩の頭をそっとなでた。
「タケノン、優しいな」
「果歩ちゃんもよく頑張ってたよ」
 その様子を、栞と光子はほのぼのと眺めていた。

「まっ、まさかこんなに上手くいくとは――」
 取り出し口に、ポトリと落ちたオランウータンのぬいぐるみ。
 竹乃は、一発でいとも簡単に果歩のお目当てのものをゲットしてしまったのだ。
「おーっ、タケノンすげえな。ワタシでもあれは無理っぽいのに。二人の友情パワーはそれだけ強いんやね」
「竹乃ちゃんお見事です!」
「さすがたけちゃんだ」
 三人は大きく拍手した。
「うち、別に得意でもないのにたまたま取れただけやって。先に果歩がちょっとだけ取り易いところに動かしてくれたおかげでもあるんやで。はい、果歩」
 竹乃は照れくさそうに語る。一番驚いていたのは彼女自身だった。
「ありがとう、たけちゃん。オランウーさん、こんにちは」
 受け取った時の果歩の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。果歩はそのぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始めた。
 その時、
「おーい、キミたち。そこで何やってるのかなー?」
 背後から何者かに声をかけられた。果歩は肩をポンポンッと叩かれた。
「え? こっ、このトーンの高いお声は……」
 恐る恐る振り向くと、
「きゃっ、きゃあああああああっ、やっ、やっぱり、横嶋先生だった!」
 びっくりして、ぬいぐるみを床に落っことしてしまった。
「あっ、オランウーさんが」
 慌てて拾い上げる。
「うわっ、出よった」
 竹乃も慌てふためいた。
 しかし光子と栞は冷静。
「横嶋先生、やはりテリトリーであるこのお店では出没率が高いですね」
「勇者栞は『よこしま』に出くわしてしまった。逃げた。失敗した」
「栞ちゃん、毒魔法で攻撃すると効果的よ」
「おいおいおい、きみたちにとってオイラはRPGのモンスター的存在なのかよん? ま、それはそれで嬉しいけどなん。それにしてもきみたち、制服姿でゲーセンとは素晴らしい心構えだな」
 横嶋先生はそう告げながら、栞のそばに歩み寄る。
「ひょっとしたら来るかなぁ、とは思ってたんよワタシ」
「テスト期間中は教員も昼まででお勤め終わりだからねん。暇だから遊びに来たのさ。それよりきみたちいいのっかなん? 明日も試験があるのに、オイラの聖地で遊んでてさ」
「横嶋先生、これは遊びじゃなくて実践的な数学と物理のお勉強なの。UFOキャッチャーからは確率論と力学が学べるでしょう」
 光子は強く主張した。
「確かに間違っちゃあいないがなん。まあ魚井君と二星君には全然問題ないだろうけど、安福君と武貞君はどうなんだろうかなん? 普段の小テストの結果を見ていると、オイラ非常に心配だよん」
 横嶋先生はにやりと怪しい笑みを浮かべる。
「だっ、大丈夫やって」
「私、明日の試験はいつも以上に本気出しますよ」
「そいつは楽しみだな。そうだ! きみたち、オイラと音ゲー勝負してみるかい? もしも、きみたちが勝つようなことがあったならば、明日のテストできみたちが取得した点数に、さらに30点分サービスで加点してあげるよーん。ま、おいらが負けることは絶対ありえないけどな」
「いいぜ。やったるわ!」
 栞は即、横嶋先生の挑発に乗った。