「ええって、ええって。あんなに見事に転がっていってもうて、うちも見ていて楽しかったよ。はい果歩、もう一個やるな」
 竹乃は、今度は昆布味のおむすびを果歩に差し上げた。
「あっ、ありがとうたけちゃん」
 果歩はおむすびを両手にしっかり持ち、一口齧るごとに辺りをきょろきょろ見渡し警戒しながら慎重に食べていた。
「タンポポさん、モンシロチョウさん、こんにちは」
 食べ終えたあとは、お花摘みに興じ始める。
「果歩ちゃん、野鳥観察しませんか?」
 光子はリュックからコンパクトサイズの双眼鏡を自分用も含め三つ取り出し、そんな果歩に話しかけた。
「……あっ、私、またいつの間にか自分の世界に浸ってたよ」
 果歩は我に返り、照れくさそうに答える。
「竹乃ちゃんもどうぞ」
「ありがとな、光子」
 竹乃も受け取るとさっそく野鳥観察をし始める。
「あそこにいるのがツツドリで、あっ、サシバもいた。珍しい」
 光子はやや興奮気味になりながら周囲の風景を見渡す。
「六甲山って、本当にいろんな種類の鳥さんがいるんだね。みっちゃんは鳥さんのお名前に詳しいね。さすがバードウォッチング部も兼部してるだけはあるよ」
「ええ眺めやっ! 神戸の街並みも一望出来るし。遠くの方に関空も見えるな」
「大都市であり、異人館や中華街があって異国情緒漂ってて、豊かな大自然もあるのが神戸の魅力だよね。わたし、そんな神戸が大好きなの」
「なぁミツリン、ワタシにも貸してーな」
 栞は光子の肩を背後からポンポンッと叩いた。
「えー、栞ちゃんさっきわたしにミートボール渡してくれた時、タバスコいっぱいふりかけたじゃない。わたし辛いもの苦手なの知ってるくせに絶対わざとでしょ? 栞ちゃんのいじわる。どうしても見たいって言うんなら、百円払ってね」
 光子は顔をプイッと横に向けながら、手を差し出す。
「もう、ミツリンったらすぐ拗ねる」
 光子は、口ではああ言いつつも結局、栞に快く双眼鏡を手渡していた。

「みなさーん、そろそろ出発しますよ」
 午後一時半、楞野先生から合図がかかった。
 下りは登りよりも楽ちん。スムーズに足が進む。一組のクラスメイトは誰一人とも体調を崩すことなく、無事下山完了。
 午後三時過ぎ、登山口付近で学年主任から一年生全クラスの点呼を取られたあとは、自由解散。昔遊び同好会の四人はたわいない会話を弾ませながら、自宅までの帰り道を一緒に歩き進んでいく。
「あー、うち、今日はめっちゃ疲れたわ。今日は早めに寝よ」
「私もくたくただあ。でもやっぱ山登りはすごく楽しいよね?」
「せやな。果歩が一人で歩いてくれたら、うちももっと楽しめたやろな」
 竹乃はにこっと微笑み、人差し指で果歩のほっぺたをツンツンつついた。
「ゴメンね、たけちゃん。下りもおんぶしてもらって。ちょっと、痛いな」
 
 明日からは、中学生活最初の大型連休が始まる。
 
 第三話 GWは娯楽施設で大はしゃぎ
 
 五月一日、土曜日。大型連休の初日、清清しい五月晴れ。神戸の予想最高気温は25℃と夏日の予想。
 今日は、昔遊び同好会の四人でショッピングを楽しむことになった。
 誘ったのは竹乃。スマホで三人と連絡を取り合って、待ち合わせ場所や集合時間を決めた。昔のものに触れることの多い竹乃も、現代の利器は日頃から愛用しているのだ。
「まずは服見に行こう。うち、夏服買いたいねんよ」
 近隣の大型ショッピングモールへやって来た四人。
 竹乃の希望により、さっそく二階レディースファッションコーナーへ。売り場がある五階へはエレベータを使った。
「果歩は、まだまだブラジャー必要ないね」
 竹乃は果歩の胸もとを眺めながらつぶやく。
「たけちゃん、ひどーい。私も近いうちに使うようになるもん!」
「ミツリンもまだ必要ないよ」
「わたしと果歩ちゃんは、お胸はもちろん、背丈も仲間だもん」
 光子は嬉しそうに言った。彼女も身長は一四〇センチしかなく、果歩と同じく小柄で今でも小学生に間違えられることがよくあるらしい。
「これにしよう!」
 竹乃は鶯色の半袖ワンピースを選んだ。この色が彼女一番のお気に入りなのだ。
「あ、この服、カホミンにめっちゃ似合いそう」
 栞は隣接のキッズファッションコーナーに売られてあった、かわいらしいタヌキの刺繍がなされたお洋服を手に取り、果歩の目の前にかざした。
「しーちゃん、それ、幼稚園の子向きでしょ。私が着るの、めちゃくちゃ恥ずかしいよ」
「まだまだいけるって! サイズ大きめのやし」
「えー」
「ワタシがおごるからさー」
 果歩は嫌がるも、栞はレジへ持っていった。竹乃の分も栞がおごってあげた。
「しーちゃん、私、そんなの絶対着ないからね」

「あ、もう十二時半過ぎやん。そろそろ昼飯にしようぜ!」
 栞は、エレベータ内でスマホの時計を眺めた。
「そうやな。うちもお腹すいてきた」
 四人は四階にあるレストランへ。
「奥のテーブル席へどうぞ」
 ウェイトレスにご案内されたイス席に座り、荷物を横に置いてホッと一息ついたところで光子はメニュー表を手に取った。
「この中からどれでも好きなものを選んでね。お値段は全然気にしなくていいよ。全てわたしのおごりだから。わたしは天丼食べるよ。飲み物はレモンスカッシュにしようかな」
「さすがミツリン。ほんじゃワタシも奮発してステーキ定食! 飲み物はメロンソーダな」
「うち、石焼きビビンバとジンジャエール」
 竹乃は好みの辛いものを注文した。
「あの、私、お子様ランチが食べたい。飲み物はバナナジュースで」
 果歩は顔をやや下に向けて、照れくさそうに小声でポツリと呟いた。
「やっぱ出たね、果歩の外食時恒例メニュー。中学生になってもまたお子様ランチ頼むんやね。年齢制限十一歳までやけど別に問題ないってのが羨ましいな」
 竹乃はにこっと微笑みかけた。
「お子様ランチかぁ。カホミン、未だに食べたがるなんてかわいいとこあるな。ワタシは小三で卒業したけど」
 栞は果歩の頭をそっとなでた。
「さすがにちょっと恥ずかしいんだけどね、私、どうしても食べたいの……」
 ますます照れくさくなったのか、果歩のお顔はさらに下を向く。
「果歩ちゃん、わたしもつい最近まで頼んでたから、全然恥ずかしがることはないよ」
 光子はボタンを押してウェイトレスを呼び、それらを注文した。
「……それぞれお一つずつですね。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
 ウェイトレスは確認し終えると爽やかスマイルでそのままカウンターへと戻る。果歩のことを全く疑っていないようだ。
 
「お待たせしました。お子様ランチでございます。それとお飲み物のバナナジュースでございます。はいお嬢ちゃん。ではごゆっくりどうぞ」
 果歩の分が最初にご到着。新幹線の形をしたお皿に、旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライなど定番のものがたくさん盛られている。さらにはおまけのシャボン玉セットも付いて来た。
 さらに一分ほど経ち、他の三人の分も続々運ばれて来た。
 四人のランチタイムが始まる。
「エビフライ、私の大好物なんだ。いただきまーっす」
 果歩は尻尾を手でつかんで持ち、豪快にパクリとかじりついた。
「美味しい!」
 その瞬間、果歩はとっても幸せそうな表情へと変わる。
「果歩、あんまり入れすぎたら喉に詰まらせちゃうかもしれへんよ」
「モグモグ食べとうカホミンって、なんかアオムシさんみたいですごくかわいいな。わたしのも少しあげるよ。はい、あーんして」
 栞はビーフステーキの一片をフォークに突き刺し、果歩の口元へ近づけた。
「ありがとうしーちゃん。でも、ちょっと恥ずかしいな。このお皿の上に置いといてね」
 果歩のお顔は、ステーキの焼け具合で表すとレアのように赤くなっていた。
 お会計は三千八百六十円。約束どおり、光子が全額支払ってくれた。
「次はどこに行きたいですか?」
「みっちゃん。私、ちょうど見たい映画があるの。映画館行こう」
「分かった」
「前々から果歩が楽しみにしてたあれやな」
 それは、本日公開されたばかりのキッズ向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。
 四人はショッピングモールに併設されているシネコンへ。売店でポップコーンを購入してからお目当ての映画が上映される3番ホールへ入場し、中央付近にある座席に並んで腰掛けた。

「たけちゃん、とっても面白かったね」
「うん。子ども向けに作られたアニメって、いくつになって見ても面白いな」
「わたしも子ども向けアニメ大好きなの。アン○ンマンとかド○えもん、今でも毎週欠かさず録画もして見てる」
「やっぱあれ、ワタシには合わないよ。飽きて来ちゃって後半爆睡してた」
 上映時間一時間ちょっとの映画を見終えて、栞以外の三人は大満足していた。
「しーちゃん、もったいないよ。最後の方が特に面白いのに」
「ゴメンなカホミン。ワタシは、深夜にやっとうもうちょい大人向けの方が好きやな」
「えっ!? 深夜でもアニメって放送してるの?」
 果歩はあっと驚く。
「果歩、そういうやつはべつに知らんでもええよ。ホラー系のばかりやし」
 竹乃は口を挟んだ。
「そっ、そうなんだ。じゃあいいや」
「…………」
 栞は何か言いたそうにしていたが、光子が背後から口をふさいで阻止。
 最上階からエスカレータを使って下の階へ降りようとした矢先、
「みんなちょっと待って、エレベータにしよう」
 果歩は昇降口付近で立ちすくんだ。
「あのね、じつは私、下りのエスカレータは怖くて乗れないの。私ちっちゃい頃ね、足を取られてズテーンって勢いよく転げたことがあって」
「わたしも果歩ちゃんの気持ち、よく分かるよ。わたしも小学校の頃まで乗れなかったの。タイミングが難しいよね」
「ほんじゃカホミン、ワタシが手をつないであげるね」
 栞は果歩の右手をつかむ。
「ありがとう、しーちゃん。私それなら乗れるよ」
 四人はエスカレータで七階まで降り、そのフロアにある大型書店へ立ち寄った。
「ちょっとアニメ雑誌立ち読みしてくる。みんな好きなとこ見てていいよ。三十分くらいしたらここに集まってな」
 竹乃は集合場所として、エスカレータから一番近い所にある一般書籍新刊コーナーの所を指定した。
 
 そして三十分が経過した。
「あれ? 果歩はどこいったんやろ? はぐれちゃった」
「来ないね。おーい、カホミン」
 さっきまでの間、栞はコミックコーナー、
「果歩ちゃーっん。どこですかーっ?」
 光子はサイエンス系雑誌コーナーにいた。
「まさか……」
 竹乃がそう発した次の瞬間だった。
 ピンポンパンポン♪
 と、チャイム音が流れた。
〈迷子のお知らせです。灘区からお越しの武貞竹乃様。安福果歩様と申される……十二歳のお嬢ちゃまをお預かりしております。お心当たりの方は、七階迷子センターまでお越し下さいませ〉
「……やっぱり。そうしたか」
 竹乃は苦笑いした。
「カホミン、えらいなぁ。にしても迷子センターに中学生とは――」
 栞は腹を抱えて大笑いした。
(わたしも人のこと言えないかも。急に一人ぼっちになっちゃったら駆け込んじゃいそう)
 光子の今の心理状況。
「うっ、うち、引き取りに行ってくる。なんかこっちが恥ずかしいわ」
 竹乃一人で向かう。この場所からわずか三〇秒ほどでたどり着いた。迷子センターは、書店のすぐ隣にあったのだ。
「果歩、迎えに来てあげたよ」
「あっ、たけちゃんだ!」
 果歩は竹乃の姿を目にすると、すぐさま抱きつきに行った。
「たけちゃあああん、会いたかったよーっ」
「……あのな、果歩」
 竹乃は照れくさそうな表情をしている。
「絵本のコーナーとか児童図書のコーナーのとことかうろうろしてたら、みんな急に姿が見えなくなっちゃって困ってたの。みんなと逸れたら、すぐに迷子センターへ駆け込みなさいってお母さんに言われてるもん」
「でも、中学生がすることやないで。スマホ使ったらすぐに連絡取れるやろ?」
「あっ、そうか。次からはそうするね」