二人は財布から百円玉をそれぞれ二枚ずつ取り出し、松恵お母さんに手渡す。
「はーい、おつりよ。どうもありがとう」
 松恵お母さんが二人に手渡したのは、硬貨ではなく表面に国会議事堂のイラストが描かれた紙幣だった。
「おう、すげえ。十円札だ、レアアイテムや。おばさん、こんな貴重な物を頂いてお礼言うのはこっちの方ですよ」
「わたし、このお札は写真以外では初めて目にしました。大切に保管します」
 こうして店内の雰囲気を十分満喫した栞と光子も、竹乃のお部屋へ。
「あっ、カメ飼っとうやん」
「かわいい。これはイシガメさんね」
 中へ入るとすぐさま水槽があることに気付いた。
「この子はメスやねんけど、メロンパンスケって名前なんよ。果歩が名付けてん」
「ひなたぼっこしている姿がなんとなくメロンパンの形に似てたから」
 果歩はにこにこしながらちょっぴり照れくさそうに打ち明ける。
「カホミンのネーミングセンス、なかなかやね」
「こんにちは、メロンパンスケ君」
 光子は少し屈んで微笑みかけた。一目惚れしたらしい。
「うちんちの駄菓子屋さん、どうやった?」
「めちゃめちゃ雰囲気よかった。ワタシ、リピーターになりそう」
「わたしもとっても気に入ったよ。昔のおもちゃって、何か不思議な魅力を感じるよね」
「そりゃよかったわ」
「あの、竹乃ちゃん。わたし今思いついたんだけど、わたしたち四人で〝昔遊び同好会〟というものを作ってみませんか?」 
 光子は唐突に提案した。
「おう、そりゃええやん。これで部活も決まるし。うち、今でもたまに昔のおもちゃで遊ぶしちょうどええわ」
「私も大賛成! とっても楽しそうだ」
「そういや小学校の時、そんなクラブあったような気がする。ワタシももちろん会員になるよ。新同好会の設立になるね」
 彼女の提案に、三人とも乗り気。
「活動内容はその名のとおり、昔のおもちゃで遊ぶような感じなんかな?」
 竹乃は光子に質問した。
「基本的にそうなるわね。ただ、駄菓子屋さんで売られてる昔のおもちゃだけでなく、貝殻とか草花とか自然の物も使って、昔の遊びを全般的に楽しもうというコンセプトでいこうと思うの」
「あっ、けど新しく設立するってことは、顧問の先生もつけんとあかんよな。誰がなってくれる先生はおるんかな?」
「それなら、楞野先生に頼めばいいかな」
 栞は意見する。
 午後六時半過ぎ、三人が帰り支度をしているさい、
「お夕飯が出来たわよ。よかったらみなさんもどうぞ」
 松恵お母さんが竹乃のお部屋の襖をそっと引いた。
「わーい、おばちゃんありがとう」
「おばさま、そこまでしていただけるなんて、かたじけないですよ」
「そやそや。ワタシもミツリンも、今日知り合ったばかりなのに」
 果歩はかなり喜んでいたものの、光子と栞は申し訳ない気分になっていた。
 ところが、
「ついついたくさん作りすぎちゃって。今夜は三田牛のすき焼きと、明石鯛の生き作りも作ってみたの」
 松恵お母さんからそのことを告げられると、
「三田牛に明石鯛の生き作り!? くっ、食いたい!」
「それじゃあ、わたしもせっかくなのでお言葉に甘えて」
 二人の表情は急にほころんだ。そしてスマホのメールでおウチの人に今夜は夕飯はいらないという主旨を伝えた。
 果歩も同じくスマホだが、口頭で夏美お母さんに伝えた。
「あっ!」
 食事部屋、つまりお茶の間へ向かう途中にある一階廊下で、栞はあるものに気付いた。
「ダイヤル式黒電話やーっ。ワタシ、実物は資料館とかでしか見たことがなかったよ」
「わたしも」
 光子は黒電話を手で触れて、感触を確かめてみた。
「うちんちではずっとこれ使っとうよ。うちはスマホ持っとうから今は使ってないけど」
「竹乃も中学生になったことだし、スマホくらいは持たせなきゃって思ったの。そこは現代思考よ」
 松恵お母さんは台所、他の四人はお茶の間へ。
「あっ、これは、もしかして」
「またレアなの発見」
 光子と光子は昭和時代に造られたっぽいダイヤル式テレビが置かれてあるのを見つけた。
「うちんち、完全に地デジ化されるまではこれ使っとってんよ。名残惜しいから、テレビ自体は捨てずに置いとんよ」
 竹乃はそう伝えて、そのテレビすぐ横にある、今使っている三二インチ薄型テレビの電源を入れた。
「やっぱ時代の流れには逆らえないんやね」
 栞は少し寂しそうに呟いた。
「みなさん、どうぞ召し上がれ。この鯛は今日の昼過ぎに明石で水揚げされたばかりよ」
 他にもたくさん、お皿に盛られたとっても美味しそうな松恵お母さんの手料理の数々が、円形のちゃぶ台の上に運ばれてくる。これも、今では珍しくなってしまった。けれどもこのおウチでは今でも現役でご活躍されている。
 このおウチに置かれてあるたくさんのレトロアイテム、たびたび訪れる果歩はどれも見慣れていた。
「おばちゃん、ごちそうさまーっ。私のお母さんのお料理よりずっと美味しかったよ」
「ごちそうさまでした。おばさまのお料理、プロ顔負けですよ」
「タケノンのおばさんの料理の腕前は天下一品やね。それではワタシたち、これ以上居座るのはさすがに迷惑と思いますので、お暇しますね」
「ふふふ、照れるわ。みなさん、ついでに、お風呂も入っていかない?」
「みんなどうぞ遠慮せずに。ここは露天風呂になってるんよ」
 松恵お母さんも竹乃も、三人に強くお勧めした。
「入る、入るぅーっ」
「そうやねえ。汗かいちゃったし」
「わたしも、せっかくの機会なので入らせていただきます」
 三人ともあっさり誘惑に負けた。というより果歩は始めから入る気満々だった。
 竹乃のおウチでは、かつて旅館も経営していた頃の名残があり、露天風呂が備え付けられていた。今はもう使われていない客室もまだ残されている。
 三人はわくわくしながら脱衣場へ。脱いだ服は竹製のカゴに入れるようになっていた。光子のメガネもここに置く。
「しーちゃん、けっこうお胸あるね。たけちゃんのより大きいかも」
 果歩は羨望の眼差しで栞の胸元をじっと見つめる。
「そっ、そんなにないって」
 栞は遠慮がちに答えた。
「いいなぁ、しーちゃん」
 果歩は栞に背中側から抱きつき、胸にタッチ。
「あんっ! もうカホミン、くすぐったいからやめてーな」
「スキンシップ、スキンシップ」
 栞は嫌がりつつも、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。
「果歩ちゃん、栞ちゃんのお胸はマシュマロみたいにふわふわしててとっても触り心地いいでしょう? わたしと果歩ちゃんは、貧乳仲間ね」
 光子は恥ずかしいからなのか、タオルをしっかり巻いて胸を隠していた。
「たけちゃんちのお風呂、私しょっちゅう入りにくるんだ」
 果歩は自分専用のお風呂セットをここにも置いていた。洗い場に備えられてあった風呂イスにちょこんと腰掛け、シャンプーハットを被る。
「ちょっと恥ずかしいんだけどね、私、これがないとシャンプーできないの」
「カホミン、ほんまに幼稚園児みたいで萌える! ワタシがシャンプーしてあげるよ」
「あっ、ありがとうしーちゃん」
 栞は果歩の後ろ側にひざまずいて座った。ポンプを押して泡を出し、果歩の髪の毛をゴシゴシこする。
「カホミンの髪の毛、めっちゃサラサラや。触り心地めっちゃ気持ちええ」
「お母さんにもよく言われてるの♪」
 果歩はとても嬉しがっている。
 栞は果歩のことを、自分の妹のように感じていた。シャワーをかけて、そっと洗い流してあげる。
「あっ、あのう、栞ちゃん、次、わたしの髪の毛も洗ってね」
「OK.ミツリン」
 光子は果歩のことを羨ましく思ったみたい。彼女もおねだりしたのであった。
「気持ちいいーっ。たけちゃんちのお風呂はいつ入っても最高だーっ」
「あー極楽や。おウチに露天風呂があるってうらやましいな」
「とっても快適。竹乃ちゃんのお肌が白くてきれいな理由がよく分かるよ」
 夜空に広がる満天の星空を眺めながら、三人はゆったり湯船の中でくつろいだ。

       ☆

 週明け月曜日の朝、七時半頃。
「かほ、早く起きなさい!」
「果歩、起きや!」
「お母さん、たけちゃん、眠いよー」
 いつもの朝の攻防が繰り広げられる。栞と光子は、いつも八時前には学校に着いているということで、朝いっしょに登校することは断念したのだ。
 朝のホームルーム終了後、光子が楞野先生にお願いすると、
「昔遊び同好会の顧問に? ニュータイプな同好会ね。もちろんOKよ。あとは生徒会長さんの許可が下りるといいわね」
 楞野先生は少しきょとんとしながらも、快く引き受けてくれた。
 今日は、身体測定が行われる。
 この学校の生徒証にはICチップも埋め込まれており、それぞれの計測データは測定器のそばに備え付けられてある専用読み取り器にかざすことで、コンピュータに自動的に記録されるようになっていた。
 まずは身長と体重。果歩は身長を計測する際、大きく背伸びをして目盛が書かれた部分に背中を引っ付けた。
「安福さん、お気持ちは分かりますけど、小学生みたいなことは止めましょうね」
「はーぃ」
 保健室担当の先生に頭をペシッと軽く叩かれ、優しく注意された果歩。しょんぼりしながら足裏を地にぺたりとつける。
「一三九センチね」
(よかった。去年よりは三センチ伸びてる)
 体重はもちろん秘密。続いて座高、聴力。そして最後に視力検査が行われた。
 教室へ戻る途中、四人は結果を話し合う。
「私、右目1.5で、左目1.2だったよ」
「うちは両目とも2.0やった」
「カホミンも視力かなりいいけど、タケノンはさらにすげえな。ワタシ、ゲームし過ぎて数年前からちょっと近視になってもとう。右0.8、左0.7や」
「わたしも、メガネで分かる通り近視なの。本の読み過ぎが原因なのかな?」
 今日も四人、椅子を寄せ合いお昼ご飯を食べて、五、六時間の授業を受けて放課後。今週、四人は理科室掃除の担当だった。
「たっ、たけちゃん、中学の理科室にも人体模型が置いてあるよ。すごく怖い」
 果歩は準備室に飾られてあったそれを指差して、びくびく震えていた。
「よう出来とうな」
 竹乃はその模型の頭蓋骨部分をペシペシ叩く。
「たっ、たけちゃん、呪われちゃうよ」
 果歩はその模型を見ないように、見ないように目をそらして通り過ぎ、理科室内へ。
「わあ、中学の理科室って設備がすごいね」
「見たことない薬品とか、実験器具がいっぱい置いてあるな」
 果歩と竹乃は室内をきょろきょろ見渡す。
「あっ、あんなもんまであるやん。ちょっと待ってて。ええもん作ったる」
 竹乃はガラス棚の中から二〇〇ミリリットルビーカーを数個、絵の具セット、洗濯糊、ホウ砂を取り出した。次に水道の蛇口をひねり、ビーカーに水を入れた。そして黄緑色の絵の具、洗濯糊、ホウ砂を順に入れて割り箸でかき混ぜた。
「ほら見て、あっという間にスライム君」
 竹乃は手にぶら下げて三人に見せる。
「すごーい。たけちゃんの手作りスライムだ」
「ワタシ、ド○クエのじゃなくリアルなスライム見たの、小学生の頃に図工の授業で作って以来や」
「竹乃ちゃん、配合の仕方とっても上手だね」
「うち、理科は苦手やけどこういうのはめっちゃ得意なんよ」
 竹乃は自信満々に語る。他の三人もスライム作りにチャレンジしてみた。
「やっぱ難しい。竹乃ちゃんみたいに上手に出来ないよ。ベトベトになっちゃう」
「ワタシも全然あかんわ。でもすごい楽しいな」
「黄色入れるとレモン味のグミみたいで美味しそう」
 果歩はビーカーを口に近づけた。
「カホミン、ホウ砂は体に毒なんよ」
 栞は果歩のおでこにピッと指差して優しく注意。
「分かってる。私が幼稚園の頃、スライム齧ってたらお母さんにめちゃくちゃ叱られたことあるからね。食べ物じゃありませんって。今度は、赤色を入れてみよう」
 果歩が照れくさそうに言った次の瞬間、掃除時間終了を知らせるチャイムが鳴った。
「あっ、結局掃除やらないまま終わっちゃったね」
「うちがスライム作ったせいで、ゴメンな」