「はい。困った時はマンツーマンでアシスト致しますよ」
「理系科目ならワタシとミツリンに任せてね」
 二人とも頼もしい言葉をかけてあげる。
「ありがとう。栞も光子も神様やー」
「拝んでおこう」
「せやな」
 果歩と竹乃はパチパチ拍手を二回打ったのち手を合わせ、目を閉じてお辞儀。
「恥ずかしいです」
 光子はちょっぴり俯き加減で照れ笑い。
「照れくさいよね。カホミンとタケノンに、横嶋のことでもう一つ面白いこと教えてあげる。あいつのあだ名は〝よこしま〟って言うんよ」
「そのまんまやんか」
 竹乃はすかさずツッコミを入れる。
「確かに本名と同じだけど、漢字で表すと邪魔の〝邪〟って書くんよ」
 栞が笑いながら理由を説明すると、
「ああ、それ単体やと〝よこしま〟って読めるな。あの先生の性格を表しとうな」
「イメージ通りだね」
 竹乃と果歩はくすっと笑った。
「当の本人は決して邪な気持ちで教師になったわけやないって否定しとうけどね」
 栞は付け加えておいた。
 
 四時間目は十二時半に終了。お昼休みに入ると四人はイスを寄せ合って、仲睦ましくいっしょにお弁当をとる。
「果歩ちゃんと竹乃ちゃんは、部活動は何にするかもう決めましたか?」
 光子はミニトマトをモグモグ頬張りながら、二人に質問してみた。
「いや、まだなんだけど。私、スポーツめちゃくちゃ苦手だし、入るとしたら文化系にするつもり。童話研究会が一番いいかなって思ってるの」
「うちもそれが最有力候補。雅楽部ってものちょっと気になるけど」
「ねえ、クイズ研究会とかどう? すごく楽しいみたいよ」
 栞は勧めてみるも、
「うーん、それはちょっとね」
「うち、頭悪いし」
 果歩と竹乃は即却下。
「やっぱダメか。まあワタシも暗記物は苦手やから入るつもりは微塵もないけどね」
「わたしは、バードウォッチング部に所属しようと思うの。主な活動拠点の六甲山は、野鳥さんの宝庫だから年中通じていろんな種類の鳥さんたちが観察出来るみたいよ」
「これも珍しい部活だね。私、入ろうかなぁ」
「うちも、果歩が入るんやったら」
 光子の勧めた部活には少し興味を示したようだ。

 六時間目は移動教室。一組のクラスメイト達は情報処理実習室へ。この中学ではパソコン実習も必修になっているのだ。
 情報処理実習室には、最新式に近いデスクトップパソコンが四〇台ほど設置されており、一人一台ずつ利用出来るようになっていた。
 果歩たち四人は近く固まるようにして座る。
「うち、この授業一番好きになりそうや。ネットやり放題やもん」
 竹乃は嬉しそうにしていたが、チャイムが鳴り、入口自動扉が開かれた瞬間。
「え!? またあいつなん?」
 思わず嘆きの声を漏らした。
「その通りっさ武貞君。まる聞こえだよーん。それでは授業を始めるよーん」
 現れたのは、横嶋先生だった。数学に加え、この授業も兼任していたのだ。
「やっぱ嫌な授業になるかもな。まあパソコンで遊べるからええけど」
「私はあの先生でもべつにいいよ。たけちゃん、動物さん探しゲームして遊ぼうよ」
「うん」
 電源ボタンを入れ、生徒それぞれに振り分けられている学生番号とパスワードを入力することで起動するような仕組みになっている。セキュリティ対策も万全なのだ。
 授業開始から十五分ほど経ち、
「おーい、きみたち。ちゃんと今日の課題済ませてからにしてねーん」
 四人でわいわい騒いでいると、横嶋先生が近寄ってきた。
「えー。初授業やのに、いきなり課題あるんすか?」
 竹乃は嫌そうな表情で切り返す。
「ねえ、先生。パソコン大好きなんですよね。楞野先生から聞きました。一日どれくらいやってるんですか?」
 果歩は嬉しそうに彼に話しかける。
「うーん、そうだなぁ、五時間くらいじゃないかなぁ。パソゲーで遊んだり、動画投稿サイトをウォッチしたり、プログラミングしたりして有効に活用してるよん。プログラミングといえばオイラさ、本当はゲームクリエイターになりたかったんだよねん」
「その方が教師よりもお似合いやな」
 竹乃は相槌を打つ。
「そう思うだろう。けどさあ、オイラのパパとママに大反対されてさあ、仕方なく教師になってあげたんだよん。オイラ、ゲー専行きたかったのに四年制大学行かされてさ。オイラの家系、代々教師ばかりなんだよねん。パパもママも教師だし。グランパは校長先生もやってたんだよん。そんでオイラも無理やり教師にされちゃったわけさ」
 横嶋先生は不平を独り言のようにぶつぶつ呟く。
「テレビゲーム禁止されてたんやな。ちょっとかわいそう。うちはもとからあんまやらへんけど。どっちかって言うとアニメとか見る方が好きや」
「ノンノンノン。ゲームで遊ぶこと自体はオイラ世代のヒーロー、高○名人が提唱しておられた一日一時間どころか何時間でも思う存分、自由にやらせてもらえていたよん。欲しいゲームは何でも買ってもらえたよん。ただね、条件としてゲームを職業なんかにしちゃ絶対にダメだって厳しく言われてただけさ」
「先生のご両親の気持ち、分からんでもないな。ゲームクリエイターっていったら、連日徹夜続きで、安月給でこき使われる過酷な労働環境みたいやし。アニメーターよりはマシやろけど」
「そういえばオイラの高校時代からの友人、将来は任○堂の社長になるんだって宣言して大阪にあるやたらでかいゲー専入ったけど、そこ卒業して以来二〇数年経った今でもずっとニート兼ヒッキー続けてるなぁ。ママやパパの言ってたことはあながち嘘ではないことがよく分かったよん。大学進学を勧めてくれたことに今でも感謝してるさ。そういやオイラ、就活の時はママと揉めたなぁ。大反対を押し切って受けたんだよん、その手の企業。プログラマー、デザイナー、プランナー、サウンドクリエイター……どれも作品選考と筆記までは大方通るんだけど、面接でことごとく落とされ続けて結局はどこからも雇ってもらえなかったっていう悲しい思い出もあるから。オイラ、あの時惜しくもゲームクリエイターになれなかった悔しさをバネにして、最近はホームページに趣味で作った自作ゲームを公開するようになったのさ」
 横嶋先生は自信満々に語る。
「先生すごいやん」
「ゲームが作れるなんて、天才だね」
 竹乃と果歩は横嶋先生を大いに褒める。 
「いやいやあ、それほどでもないよん。とりあえずC言語、C♯、C++、Javaを覚えて、DirectXやOpenGL、XNAの使い方をマスターすれば、誰でも手軽に本格的な3Dゲームを創作出来るのだよん」
「? 訊いたことのない用語だらけでうち、先生の言っとうことがさっぱり分からんわ~」
「ま、そうだろうな。武貞君には難し過ぎて理解は無理だよん」
「今の発言さりげなくひどっ」
「C言語の基礎は、もう少ししたら教えてあげるから楽しみにしててねーん」
「よこしまの作ったゲームって、どんなのか気になるーっ」
 栞は興味心身な様子。
「ふふふ、見たいかい? アドレス教えちゃうよん」
 横嶋先生はそう告げて、URLをキーボートで打ち込み、彼が製作したというホームページを開いた。
「ほほう、横嶋ハールか。なかなかセンスのあるタイトル付けたね」
 栞は感心しながらページ内のリンクボタンをクリックしていく。
「インドのあの有名世界遺産のパクリですよね」
 光子は笑顔で突っ込む。
「ありゃ? 算数パズルとか中心にまともな学習系ゲームばっかやん。意外や意外。イメージしてたアレ系のとは全然ちゃうな」
「おいおいおい二星君、イメージだけで想像するなよん」
 横嶋先生はにんまり微笑みながら、照れ隠しをするように頭をかく。
「オイラはねえ、算数嫌いな子どもたちに、算数というのはとても面白いものなんだよってことをもっと教えてあげたいのさ。苦手な教科を勉強するというのは嫌なことだけど、ゲームという媒体を使えば親しみを持ってくれやすくなるだろ。子どもたちに算数を、ゲームで遊びながら楽しく学んでもらう。そうなってくれたらオイラとしてもとても嬉しいのさ。ここで嫌いになっちゃった子は、中学高校に入ってますますついていけなくなるだろうからねん」
「あ、分かります。私も小学校の頃から算数大嫌いでしたし」
「うちも。数式とかグラフとか図形とか、見るだけで頭痛くなってくるわ」
 果歩と竹乃はにこにこ笑いながら打ち明ける。
「じゃあなんでこの中学に来たのか、というか入試突破出来たのか摩訶不思議だなん」
 横嶋先生はくすっと笑う。彼はこのあともしばらく、自身が小学生の頃に遊んだゲームソフトの思い出話を四人に語ってあげた。その時の彼の表情は、おもちゃに夢中になっている幼い子どものように、とても生き生きとしていた。
 六時間目終了は午後二時五〇分。そのあと帰りのホームルームがあり、放課後に掃除が行われる。四、五人ごとのグループ全八班に分かれ、うち四班が当番に当たる。つまり二週間ごとに当番が回ってくるような仕組みになっている。当番以外の生徒はそのまま自由解散だ。
 帰りのバスの中で、
「しーちゃんとみっちゃんは、どの辺に住んでるの?」
 果歩はこんな質問をした。
「あの灘中高の最寄り駅、JR住吉駅の近くや」
「わたしも、栞ちゃんちのおウチのすぐ近所なの」
「住吉か。うちんちと果歩んちからそう遠くはないな。光子と栞も、これから、うちんち寄ってかへん?」
「いいのですか? 竹乃ちゃん」
「いきなり押しかけて迷惑にならんかな?」
「遠慮せんといてや。うちの母さんは大歓迎してくれるよ」
 そんなわけで、栞と光子も竹乃宅へ。
「うわー、でかいお屋敷。すげえ立派や」
「素晴らしい日本家屋ね。住んでみたいな」
 栞と光子は圧倒されていた。
「ねえねえ、タケノン、写真撮ってもいい?」
「もちろんええよ」
「よっしゃ!」
 栞はやや興奮しながら、このおウチの外観をスマホのカメラに何枚か収めた。
「母さん、ただいまーっ」
 竹乃がガラリと戸を引くと、松恵お母さんはすぐに玄関へ駆け寄ってくる。
「おかえり竹乃……あら、今日は果歩ちゃん以外にも、お友達お連れしとんやね」
 栞と光子の方へちらり目線を向ける。
「この子たちは、今日知り合ったばかりなんよ」
「はじめまして、竹乃ちゃんのおばさま。わたし、魚井光子と申します」
「どうも、こんばんはーっ。ワタシは二星栞でーす」
 二人はぺこんと一礼して、松恵お母さんにご挨拶した。
「栞ちゃんに、光子ちゃんか。こちらこそよろしくね」
 松恵お母さんは嬉しそうに微笑む。
「二人ともめっちゃ頭いいねんよ」
「やっぱり。見るからに賢そうだもん。栞ちゃん、光子ちゃん。離れには駄菓子屋さんがあるわよ」
「タケノンのおウチってお店をやってたんか。駄菓子屋さんとはこれまた今時珍しい」
「わたし、お店の中をご拝見したいです」
「こちらへいらっしゃい」
 松恵お母さんは二人をそこへと招く。果歩と竹乃は先にお部屋へ。
「おう! なんかええなぁ、このレトロな感じ。タイムスリップした気分や」
「わたし、こういう雰囲気のお店に入ったのは生まれて初めてかも」
 武貞駄菓子店へ入った二人、店内をぐるりと見渡す。
「閉店時間は過ぎてるけど、遠慮せずごゆっくり見ていってね。駄菓子だけじゃなく、昔の玩具もいっぱいあるわよ」
 二人は食い入るように商品棚を物色し始めた。
「竹とんぼに、メンコに、ゼンマイ式のミニカー……今ではあまり遊ばれないおもちゃがたくさん売られてますね」
「あっ、これ、南京玉すだれに使うやつやね」
 光子と栞は物珍しそうに玩具をいくつか手に取って眺める。
「わたし、キャラメルと丸メンコと角メンコ。それと、このブリキのお人形さんも欲しいです」
「ワタシは、フーセンガムとラムネとニッキ水買おうかな」
 二人ともいつの間にか、小学生時代に戻ったような気分に浸っていた。
「光子ちゃんの分は百二十円、栞ちゃんの分は百七十円だけど、お代金は結構よ」
「いえいえ、支払いますよ。これも駄菓子屋さんの醍醐味ですので」
「どれ買っても安いってのがええね」