「ふふふ、オイラはお子様相手だからって一切手加減なんてしないよ~ん。カードゲーム大会では小学生を何度も泣かせたことがあるよん。オイラは自慢じゃないが学生時代、学校にいる時間よりも、ゲーセンにいたり、家に引き篭ってTVゲームしたりしている時間の方が遥かに長かったんだよん。ゲーム歴は四十年以上。まだファ○コンすら発売されていない、ス○ースイン○ーダーの頃からのベテランゲーマーであるオイラの実力を見せてやるよん。オイラはきみたちが生きてきた時間の倍以上はゲームに親しんでいるんだぞ! 今までに発売されたコンシューマーゲームも数え切れないほど遊んできたんだぞ。そんなオイラに勝てるなんて、まさか本気で思ってないよねん?」
 横嶋先生はどうでもいい自慢話を長々と続ける。
「まあ見てなってよこしま。ワタシも音ゲーには自信あるから」
「ふふーん。そいつは楽しみだなぁ。ハッハッハ」
 栞と横嶋先生はじっと睨み合う。二人の間には、目には見えない激しい火花がバチバチ飛び交っていた。
「よこしまからお先にどうぞ」
「親切だなぁ二星君は。だが、そんなことしてくれたってオイラは本気でやるからねん」
 横嶋先生は二百円を投入口に入れ、難易度は『むずかしい』を選択した。選んだ曲は、今流行のアニメソングだった。
「ほいさっ、ほいさっ」
 開始直後から横嶋先生は、必死にバチをバチバチ連打する。
「どうだ! はぁはぁはぁ……」
 曲が流れ終わったあと、横嶋先生は全身汗びっしょりになっていた。
 横嶋先生の叩き出した点数は、1061900点。
「オッ、オイラの、自己ベスト更新しちゃったよ。大人げなかったかなぁ」
 息を切らしながらにやりと微笑む。
「次はワタシじゃな。公平な勝負するから、同じ曲同じ難易度にしてあげるよ」
「ふふふ、見栄張っちゃって。おいらの記録、ぬっけるかなん」
「ほんじゃ、やるよ!」
 栞もバチを両手に持ち、流れてくる演奏に合わせて叩き始めた。
「んぬ!? なっ、なかなか上手いではないかあ二星君、だが、そんな程度でこのオイラに勝てるなんて思うなよん。経験の差ってのが違うんだよーん」
 横嶋先生は目をパチリと見開いたあと、再び余裕の表情に戻る。
 それから約二分後、
「よっしゃ! ワタシの勝ちーっ。気分爽快!」
 栞はガッツポーズをして快哉を叫んだ。『1082600』の文字がピカピカ光り輝いていたのだ。
「栞ちゃんおめでとう!」 
「しーちゃん強すぎーっ」
「やるな栞、自称ベテランゲーマーの横嶋先生をボロ負けにさせてまうなんて。先生、約束どおり加点してな」
 栞の後ろ側に立って応援していた三人は、パチパチ大きく拍手した。
「まっ、負けただと!! この、おいらが――」
 横嶋先生は口をあんぐり開けた。
「もっ、もう一度だけ勝負してくれないかなん? 今のはね、オイラのきみたちに対する優しさから不覚にも手加減してしまっただけなんだよん」
 焦りの表情を見せながら、やや早口調で栞に頼み込んでみた。
「嫌や。ワタシら、早く帰って試験勉強せんとあかんのに」
 栞はにっこり微笑みながら告げ、スッと席を立つ。
「なっ、何だよもう! どうせやらないくせにーっ。いいもん! ママに言いつけてやるもんねっ! うおおおおおおお」
 すると横嶋先生は突然両手をド○えもんの手の形にして、筐体をバンバンバンバン激しく叩き始めた。その音が店内中に鳴り響く。
「お客様、機械が故障致しますのでおやめ下さーい!」
 案の定、すぐに店員さんがすっ飛んできた。
「だってだってだってーっ。というかこれさあ、始めから一部の機能がぶっ壊れてたんじゃないのかい? 店員君。どう考えても不自然なんだよ。このオイラがプレ○テ2すら知らない女子中学生ごときに負けたんだから」
 横嶋先生はいろいろケチつけて、尚も筐体をバシバシ叩き続ける。
「お客様……」
 店員さんの表情はますます険しくなっていく。
「横嶋先生、そういうのはワ○ワ○パニックでやった方がいいですよ」
「それではよこしまよ、さらばだ。グッバイ!」
 光子と栞はにこにこ笑いながら、いい年をして店員さんに叱られている横嶋先生を楽しそうに眺めていた。
 こんな哀れな彼のことなど放っておいて、四人はゲームセンターをあとにした。
「もう夕方かーっ。ついつい遊びすぎてしもうた。ゲーセンの魔力や。カホミン、タケノン、すまんな、一時間くらいで帰るつもりやったんやけど」
「いやいやしーちゃん。すごい楽しかったよ。それにしても生徒と一緒になって遊んでくれる横嶋先生ってやっぱ素敵だよね。私、数学は大嫌いだけど先生は好きだからなんとかやっていけそう」
「なかなかええやつやな。あいつ」
 果歩と竹乃の、横嶋先生に対する株はさらに上昇したようだ。
「さあ、帰ったら明日の試験勉強しなきゃ」
「やる気出んけど、やらなあかんな」
 果歩と竹乃は気持ちを切り替えようとしている。
「わたし、果歩ちゃんと竹乃ちゃんのためにテストに出ると思われる分野の予想問題集を作ったの」
 光子はクリアファイルからホッチキスで留められたプリントの束を取り出し、二人に手渡す。
「サンキュ光子、めっちゃ助かるわ」
「みっちゃんお手製のプリント、これを丸暗記すれば百点間違いなしだね」
「あくまでもわたしが勝手に予想して作ったものなので、あまり過度な期待はしないでね」
 光子は完全に頼りきっている二人に釘を刺しておいた。

 翌日、全ての教科が終了後、四人は寄り添って感想を言い合う。
「やっとテスト終わったよ。たけちゃん、とても長かったよね」
「うん。一週間くらいに感じた。どの教科も全然あかんかったけどな。結果が怖い」
 嬉しさ半分、不安も半分の竹乃。
「わたしは今回もいい結果が残せそうだよ」
「早く期末にならんかな。昼までで終わるからあと遊べるし」
 光子と栞にとって、定期考査は楽しみな行事の一つらしい。
 
 五月二十四日、月曜日。
 今日までに全ての教科が返却され、その日の帰りのホームルームで楞野先生から中間テスト個人成績表が配布された。個人の取得点はもちろん、教科毎の平均点と偏差値、学年順位も記載されている。
「また今回も取れて良かった。嬉しい。期末も頑張ろう」
 光子は結果を知った瞬間微笑んだ。五〇〇点満点で、彼女の総合得点は四九六点。新入生テストに続いて全教科、学年トップだったのだ。
「ええなあミツリン。ワタシ、国語と英語でかなり足引っ張ってもうた」
 栞は四八五点。理科と数学で満点を取るも、学年八位に終わる。
 平均点は三八九点。
 果歩と竹乃については伏せておくが、二人とも同じような点数で、全六クラス二三八人受けた中で、下に三十数人程度しかいなかった。

      ☆

 五月二十六日、水曜日。
「おっはよう! カホミン、タケノン。こっち来てや」
 朝、果歩と竹乃が教室へ入るなり、栞は二人に手を振った。
「あ、クーラーボックス持って来とうやん。何に使うん?」
「今日の早朝な、散歩ついでに海釣り行ってきたんよ。ゴムボートに乗ってな」
 栞は見てくれといわんばかりに蓋を開けた。
「二時間くらいしかやってないけど、いろいろ釣れたよ。小イワシに小アジに小サバに、他にもエビや貝も何個か入っとうよ。あと漁師のおっちゃんからもらったタコ一杯も。鯛が一匹も釣れんかったのは少し心残りやったな」
「しーちゃんすごーい!」
「やるなぁ栞。そういや釣り好きやって言っとったな」
 果歩と竹乃は中をじっくり眺める。
「今日の放課後、こいつらでシーフードバーベキューしようぜ!」
 と、栞は提案する。
「それはいいわね。でも栞ちゃん。これ、氷が入ってないし、今日は結構暑いからここにそのまま置いといたら腐っちゃうかもしれないよ」
「それならノープロブレム、調理実習室の冷凍庫使わせてもらうから」

 帰りのホームルーム終了後、栞は一目散に調理実習室へ向かい、冷凍庫を開けた。
「あれれ? なぁ先生、ワタシがここに入れといたお魚さんたち知らんか?」
「それなら、本日調理実習があった中学部二年七組の子たちで全部いただきましたよ。開けてみたらあらまびっくり、こんなにたくさん新鮮な魚介類があったので、お好み焼きを作る予定だったのを急遽変更して、たこ焼きと白身魚のフライを作ることにしました。とても美味しかったわ。二星さん、残念でしたね」
 家庭科の先生はにこにこしながら申した。
「そっ、そんなぁ。せっかくのバーベキューがあ」
「ここの冷蔵庫を無断で使った罰ですよ、二星さん」
「ええわ、ええわ、どうせ雑魚ばっかやったし」
 と、言いつつも栞はがっくり肩を落とす。
「先生、また太るでーっ」
 こんな失礼な捨て台詞を吐いて実習室から走り去り、下駄箱へ向かった。
「コレ、二星さん。待ちなさい!」
 家庭科の先生は当然のようにご立腹。後姿の栞に向かって、甲高いソプラノボイスで叫ぶ。けれども追いかけることはしなかった。
「あー、あのおばさん、むかつくわー」
 栞は苦い表情で愚痴をもらす。
「栞、そう落ち込まんと。今から池に釣りしに行こうや」
 竹乃は栞の肩を叩いて慰めてあげた。
「池釣りか。それもまたええな。ありがとうタケノン」
 二人は学校のすぐ近くにある池へ向かう。
「あ、そういやタケノン、釣り竿は? バケツとエサしか持ってへんみたいやけど」
「それなら、これで十分や」
 竹乃はカバンの中から凧糸を取り出した。
「今からザリガニ釣りするねん」
「ザリガニ釣りか。ワタシ、それは初体験なんよ。コイとかフナ釣るんとはまた違った面白さがありそうやね」
 池に辿り着くと、二人は凧糸にちくわやするめなどをくくりつけて糸を水中に垂らした。
「おう、タケノン、さっそくかかったよ。これも昔遊び同好会活動の一環になるな」
「簡単に釣れて楽しいやろ?」
 その後も入れ食い状態。二人は次々とバケツに放り込んでいく。
「しーちゃん、カルメ焼き作ったよ。出来立てだよ。いっしょに食べよ。たけちゃんに言われた通り、ハマグリの貝殻も持ってきたよ」
「家庭科の先生に頼んで、調理実習室使わせてもらったの。あの先生すごくいい人だよ」
 しばらくして、果歩と光子もこの場所へやって来た。
「あいつ、ミツリンには甘いからな」
「栞ちゃんは態度が悪いからよ」
 光子は微笑みながら言った。
「それにしても、いっぱいとったね」
 果歩はバケツの中を覗き込んだ。
「何匹いるのかな? 数えてみよう。いーち、にー、さーん……あいたたたっ!」
 果歩は手をかざした際、一匹のザリガニに人差し指を挟まれたのだ。
「カホミン、大丈夫?」
「ちょっとだけ血が出た。もう、だめでしょアメリカザリガニさん」
 そのザリガニに笑顔で優しく注意。
「カホミン、絆創膏貼ったるな」
「ありがとうしーちゃん」
 栞はパッチポケットからかわいらしいカエルさん柄の絆創膏を取り出し、果歩の指に巻いてあげた。
「ところでタケノン、ハマグリの貝殻は何に使うん?」
「貝笛作るねん。貝殻を地面に擦って穴を開ければ出来るよ」
 竹乃が手本を見せると、他の三人も挑戦してみた。
「あっ、割れちゃった」
「ワタシも。技術力はタケノンには適わんな」
「わたしはうまく出来たよ。嬉しい」
 栞がとってきたハマグリは、こうした形で再利用されることとなった。
 ちなみに捕まえたザリガニたちは、しばらく観察したあと全て池に戻してあげた。
 
 第五話 古本屋さんでお小遣い稼ぎ しかしそのあと起こる恐怖の……

 六月十三日、日曜日。午前十時半頃、神戸市内の某アニメショップ店内にて。
「あー、これめっちゃ欲しい」
 栞は、アニメのブルーレイディスクが並べられた商品棚の前で嘆いていた。
「こうなったら、家にあるもう読まんなったマンガとか売りに行くか」
 そう呟いて、おウチへ戻っていく。
 
 そしてお昼過ぎ、栞は自転車で竹乃のおウチへ訪れた。
「タケノン、ちょっと折り入って頼み事があるんよ」
「なぁに? 遠慮せずに何でも言ってね」