悲しい事はこの世界にやって来て家族と引き離されたこと……。それを言葉にして良いのか私には分からない。認知症が悪魔付きだと処刑されてしまう世界だ。やたらなことは口に出来ない。エンはグッと唇を噛みしめて、月を眺めた。するとウサギの獣人さんは悲しそうな顔をしながらエンの両手を握り絞めた。

「あなたに神のご加護があらんことを」

 そう言うと、ふんわりとエンの体が光輝いた。それはとても温かい光で、心と体が軽くなった。

「わーっ綺麗」

「ふふふっ……少しは元気が出ましたか?」

「はい。とても元気になりました。ありがとうございます。あれ?首の傷も治ってる」

 ほんわかと優しい空気が流れる中、屋敷から慌てた様子のメイドさん達がやって来た。

「聖女様、こちらにいらっしゃったのですね。お探ししました」

 恭しく頭を下げたメイドさん達は、私を見て一礼した。

「エン様もこちらにいらしたんですね。もう夜も遅いので屋敷の中にお入り下さい」 

「あっ……はい。あの、そちらの方は?」

「こちらは元聖女様で、レーニン・クレイア様です」

 ん?

 元聖女様?

「あの先ほど何か魔法をかけてくれたのですが……」

「ああ、それは癒やしの魔法ですね」

 聖女様の癒やしの力なんて、たいそうなものを使わせてしまったのでは?

「その魔法って貴重なものなのでは無いですか?」

「まあそうですが、レーニン様は誰にでもその力を惜しみなく使われる方なので大丈夫ですよ」

「そうなんですか」

「では我々はこれで失礼いたします。エンさまもお早めにお部屋へお戻り下さい。屋敷内は結界が張られているとはいえ、危険ですから」

「はい」

 私はそう言われ、部屋に戻った。