何度見ても胸が押しつぶされるような感覚に、耐えきれずエンは映像から目を逸らした。レオも何度も見た痛たましい映像に、怒りを再燃させている。
「これを見ても利用者に手は上げていないと?悪いことはしていないと?そう言えるか?」
レオにそう問われても、パグテノは悪びれる様子も無く口を開いた。
「そうです。私は悪くないでしよう。こいつらは悪魔付きです。すぐに忘れてしまうのですよ。何をしても良いでしょう。むしろ感謝して欲しいぐらいです。悪魔付きをこうして世話してやっているのですから」
認知症だから、忘れてしまうから良いだろ言う。そう言い放ちながらパグテノがニヤリとしながら笑った。私はその顔を見て、怒りで頭に血が上るのを感じた。他人に対してこんなに怒りを覚えたのは生まれて初めての事だった。
「ふっざけるな!!」
私がパグテノに掴みかかろうとすると、それより早くレオが剣を抜きその切先をパグテノの首に突きつけた。「ヒィッ」と小さく悲鳴を上げたパグテノはカタカタと体を震わせた。
「虐待は罪だ。お前は分かっているのか?ここの管理を任せる時にこの話はしたはずだが?」
「それは……ですが……。こいつらは忘れてしまうのですよ。どんなに痛ぶっても、すぐに忘れてしまうのですよ」
私はその言葉を聞いて、感情を抑える事が出来ずに声を荒げながら叫んだ。
「何を言っているんですか?!忘れてしまうから傷つけてもいい?暴言を吐いてもいい?そんなわけが無いでしょう。こんなに痛がって叫んでいるじゃ無いですか。忘れてしまったとしても、辛く悲しい思いは脳に刻み込まれる。その思いは精神をむしばむんですよ。なぜ分からないのですか?あなたには心が無いのですか?」
「エン様ですが……」
パグテノが必死な様子で、弁解しようとしていたが、レオがその言葉を遮った。
「パグテノ貴様は虐待の他にも、この施設の施設費を横領しているだろう」
パグテノがそんな罪まで犯していたことに、エンは気づいていなかった。まさかの情報に、息を呑みながらパグテノからレオに視線を移した。
「レオンポルド様、私はその様なことは……」
言い淀むパグテノに対し、レオがグルル……と威圧を掛けると冷酷で禍々しいオーラが漂っていく。するとそのオーラに気圧されたパグテノの口から再度「ヒッ」と息を呑む音が聞こえた。
「もう言い逃れは出来ないぞ。裏帳簿も回収済みだ」
それを聞いたパグテノは、頭を抱えながらブツブツと言い訳を呟きだした。その目はギョロギョロ忙しなく動いていて、黒くよどんでいる。ブツブツ呟くパグテノの姿は見ていてとても不気味だった。
「私は何も悪くない……悪くない……悪くない。このような悪魔付きを世話してやっているのだ。少しくらい恩恵を受けても許されるはずだ。そうだ……私は悪くない!レオンポルド殿下、どうか私にお慈悲を!」
不意に瞳に光を戻したパグテノが、ふざけた言葉を並べ出した。レオはその様子を眉間に皺を寄せながら見つめていたが、最後に自分は悪くないと言うパグテノの言葉を聞き、堪忍袋の緒が切れたのだろう。持っていた剣を振り上げた。
「ヒィィーー!!どうか命だけは!!」
命乞いをするパグテノに向かって、レオが声を張り上げた。
「なぜ分からない。虐待は罪だ。悪事に手を染めた愚か者、罪を受け入れる覚悟も無いくせに悪事に手を染めるな。断罪される未来を考えていなかったのか!馬鹿者が!」
レオはそう言い終えると、持っていた剣を振り降ろし、パグテノの片耳を切り落とした。獣人にとって片耳を切り落とされることは、大罪を犯した証となる。一生後ろ指をさされながら生きていくこととなるだろう。
パグテノは床に落ちた自分の耳を唖然と見つめ、ゆっくりとそれを手に取り、悲鳴を上げた。
「あ゛ぁぁぁーーーー!耳があぁぁぁーーーー!私の耳があぁぁぁ……レオンポルド殿下、どうしてこのようなことを……私はこの施設のために尽くしてきたというのに!このようなまねをして、我がグレイス伯爵家が黙っていませんぞ!」
パグテノは自分が貴族で、家が黙っていないと目を血走らせている。
貴族だから何だというのか?
虐待をし、横領という罪まで重ね、罪を犯したくせに……パグテノはその罪を償わなければいけない。それはどんな地位にいる貴族だろうと変わらない。だというのに、パグテノは未だに自分の罪を認めようとしない。
「レオンポルド殿下、どうか我がグレイス家に免じて、ここは穏便にすませて頂けないでしょうか?」
レオがグルル……と息を吐き出すと、ズンッと更に空気が重くなった。レオから本日一番の威圧が放たれ、冷気に満ちた部屋が圧迫される。
「貴様はまだ分からないのだな。貴族だ?だからなんだ。陳腐なプライドをひけらかし、スタッフや老人達を苦しめたというのに……。俺達獣人はプライドが高い。それは誇り高き獣の血がそうさせるからだ。そのプライドをこのような卑怯な手で汚すな。恥を知れ!」
レオはもう一度剣を振り上げると、もう片方の耳も切り落とした。
「あ゛ぁぁぁーーーー!そんなあぁぁぁーーーー。私の耳があぁぁぁーー!」
泣き叫ぶパグテノを騎士が拘束し、施設から連れ出されて行くのを私達は冷たい表情で見送った。
*
パグテノが騎士に連行されてから一週間が過ぎた。パグテノはすぐに騎士団の敷地内にある牢に入れられ監視がついた。その後、すぐに裁判が開かれ、北の大地にある牢へと移されることとなったらしい。本来虐待の罪は何年か鉱山などの過酷な労働を経て、外に出される。しかしパグテノは虐待の他にも横領などの罪が重なり、重い厳罰として北の大地へと送られた。虐待によって過酷な北の大地に送られたパグテノの情報は新聞によって国中に広められ、それによって虐待をすれば北の大地に送られるほどの罰が待っている。そう獣人達の脳に刻み込められる結果となった。そのおかげで虐待は罪になるのだと言うことを多くの獣人に知ってもらえることとなったのだった。
これで虐待をする獣人が減ってくれるだろう。
それに関してはパグテノに感謝したい。
パグテノが北の大地に送られた数日後、エンの元へカルパさんとメアリーさんがやって来た。
「エン様その節はありがとうございました」
最初に深々と頭を下げたのはカルパさんだった。それに倣うようにして、メアリーさんも頭を下げてきた。
「二人とも頭を上げて下さい。二人が辛い思いをしていたのに、気づくのが遅くなってしまってごめんなさい」
私も二人と同様に頭を下げると、カルパさんとメアリーさんが慌てながら首と手を振った。
「いえ、エン様は悪くないです。私達がもっと早く相談すれば良かったのに、パグテノ様が怖くて言い出せず、利用者様達には辛い思いをさせてしまいました。申し訳ありませんでした」
カルパさんとメアリーさんは目に涙を溜めながら、こちらを見た。くりくりのつぶらな瞳がウルウルと潤んで、めちゃくちゃ可愛い。エンは二人の可愛らしさにグラリと目眩を起こしそうになるが、両足を踏んばって堪える。しかしエンの口からは素直な言葉が漏れ出てしまう。
「二人とも破壊力すっごっ……かわっ……」
「「えっ?」」
「あっ……いえ、もう過ぎたことです。今回のことを教訓に前を向きましょう。それで、今の新施設の状況はどうですか?」
エンの質問にカルパさんが答えてくれた。
「パグテノ様がいなくなって毎日楽しく仕事をさせて頂いています。以前と違い、利用者様にも笑顔が増えてきました」
「そうですか、良かった。新しく着任した施設長はどうですか?」
「施設長はとても優しく、私達にも気を配ってくれる素晴らしい人です」
その言葉にエンは胸を撫で下ろした。前回は人選をミスしてしまったため、今回は書類審査や面接を頑張った。その甲斐あって施設は順調のようだ。二人の笑顔から、毎日が充実していることが伝わってくる。
「こんなに仕事が楽しいなんて……これも全てエン様と、殿下のおかげです」
「「ありがとうございます」」
カルパさんとメアリーさんは何度も何度も頭を下げながら帰って行った。
今度の施設長は優しい人のようで良かった。
新施設には防犯カメラもどきを設置しているため、悪さをするスタッフはいないだろう。今後は鍛冶屋のガンスさんに頼んで、新施設で記録した映像が、直接こちらでも見られるような道具を作ってもらおうかと思ったいる。難しい作業となるだろうが、きっとガンスさんならやってくれるだろう。
ガンスさん、いつも無茶ぶりを聞いてくれてありがとう。
星に向かって手を合わせ、心の中でガンスさんにお礼を言っていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」と扉に向かって答えると、扉を開け入室して来たのはレオだった。
「レオ?どうしたんですか?」
「いや……その、寝る前にエンの顔を見たくなった」
「あら、そうなのですか」
「エンはさっぱりしているな。俺はエンに会いたくて仕方が無かったというのに」
「そんなことないですよ?私だっていつもレオに会いたいですよ。ふふふっ、レオ」
手を広げて名前を呼ぶと、嬉しそうにレオが抱きつきながらすり寄ってきた。
可愛い。
ギュッと大きな体を抱きしめると、レオが肩に顎を乗せてきた。
これは頭をなでなでして欲しいときの合図だ。
レオのお日様みたいなオレンジの髪を優しく撫でると、もっともっとと嬉しそうに首を振ってくる。クルルと可愛く喉を鳴らし、甘えてくるレオが可愛くて、レオが満足するまで頭を撫でた。しばらくして満足したのかレオが顔を上げた。その顔は何故か真剣な表情で、どうしたのだろうかと首を傾げてしまう。
「エンあの時は守ってやれなくて、すまなかった」
「あの時……?」
あの時とは、どの時の事だろうか?
レオが何を言っているのか分からず、キョトンとしていると、レオの顔が悲しそうに歪んだ。
「パグテノが手を上げたとき、エンを守ることが出来なかった」
ああ……あの時か、エルラさんを守るためにパグテノの前に飛び出し、頬を打たれた。あの時のことを言っているのだろう。あの後すぐにレオは私に謝ってきた。しかしそれはレオのせいでは無いと何度も行ったのに……まだ気に病んでいたのか。今日カルパさんとメアリーさんが尋ねてきたから、あの日の事を思い出してしまったのだろう。
「気にしなくても良いのに……」
あの日打たれた方の頬を、レオが大きな手で包み込んできた。
「守ると言っておきながらこんな失態……本当にすまない」
「レオは何を言っているの?レオは守ってくれたじゃない。私や利用者様、スタッフの皆をレオは守ってくれたよ。あの時のレオはすっごく格好良かった。『虐待は罪だ。プライドをこのようなことで使うな、恥を知れ!』って凄く格好良かった」
「…………」
レオは照れているのか、無言のまま慌てた様子で口元を覆って顔を逸らした。
くすくす可愛い。
顔を逸らして表情を隠しても、嬉しそうに耳がピョコピョコと動いている。
パグテノに頬を打たれたのは私にも責任がある。だって自分から飛び出したんだもん。そんなに気に病むことは無いのに。
私はレオに感謝している。感謝しても仕切れないほどの恩がある。
「レオ、私はあなたに感謝しているの。突然この世界にやって来た私を信じ、一緒に施設を立ち上げてくれて、ここでの生活を支援してくれて、守ってくれて……ホントに感謝しか無い。いつでも私の側にいて守ってくれて、頼りがいがあって、格好良くて、可愛いレオが私は大好きです」
素直な気持ちを伝えると、レオがこちらに顔を向けた。
「エン……」
目を見開いたレオが私の名を呼ぶ。
私の名を……。
「レオ……そう言えば、私……レオに言っていないことがあるんです」
「言っていないこととは何だ?」
「その……私の名前はエンではないんです」
「は?偽名だったと?」
「えっと……そうではなくて、エンは愛称というのかな?本当の名はゆかり……園田縁です」
「ソノダユカリ?」
「そうです。園田が家名で縁が名前です」
「ユカリ……ユカリ……ユカリ……」
レオは何度か私の名前を口にすると、頭に刻み込ませているようだった。
「俺の他に、ユカリの名を知っている者はいるのか?」
「え?元の世界にはいますが、この世界ではレオだけです」
「そうか、それなら他の者には絶対にその名を言ってはダメだ。分かったか?」
?
他人に本名を名乗ってはいけないと言うこと?
どうしてかしら?
「ユカリ約束して、絶対に言ってはいけないよ。エンが真名を教えてくれたから俺の名も教える。俺の名はレオンポルド・ゼノス・アノ・エンブリアだ」
レオが自分の名を言い終わると、私達二人を柔らかい光が包み込んだ。ふと上を見上げると、銀の粉のようなモノまでキラキラと降り注いでいた。
「うわーー。綺麗ですね。これは何ですか?」
「神からの祝福だな」
「ん?神の祝福?」
「天が俺達の婚姻を認めたんだ」
「…………」
はいぃぃぃ……?
「……レオ……今なんて言った?」
「だから天が俺達の婚姻を……」
「それ!!婚姻って何?!」
「婚姻は俺達が番になったって事だな」
「つがい!!」
それって夫婦に……結婚したってこと?
何で?
どうして?
天が認めたって何?
神様ってば、勝手に何してくれてるの?
あたふたする私を見て、レオが悲しそうに眉を寄せた。