そんな私と彼の、この奇妙な空間は、一体何だろう。どうしてこのテーブルに彼が着席しているのか。
 私はお陰様で全く味の感じないシチューをスプーンで口に運びながら、まっすぐ顔を上げることも出来ず、激しく瞬いていた。

―――…何で?

 必死に理由を探す中、心当たりが浮かんで周囲を見回した。

―――席が他に空いていない?

咄嗟に周囲を見回すも、空いているテーブルは他にもいくつか確認出来た。結果的に余計緊張が増えた脳ミソのまま、私はようやくそこでチラっと彼の顔を見やった。すると彼は、黙々とビーフシチューにパンを浸して口に運んでいた。別段私の方を見ているわけでもない。
 ようやくそこで、『なんだ…』と何故だか分からない根拠のない安堵感が心に広がった。
 別段、私個人に用事があった訳じゃなかったんだ。
 妙な安心感にホッとして、ようやく噛んでいたシチューの味が、少しずつ口の中で広がる。

―――しかし。

「橘さ」

いきなり聞こえた声に、私は何か毒でも盛られたかのような顔で正面に座る彼を見た。小さく蚊の鳴くような声で、はい…、と答える。

「化学のノート貸してくんない?」
「か…か…かか…」
「化学」

彼は再度言い直した。私が壊れたレコードの様に何度も、か、を発音するのを見てか、彼は、一瞬見たことのない類の表情を見せた。それが、微かな笑顔だと気づくのには時間が掛かった。

「…嫌なら別に良いんだけど。俺昨日の授業、遅刻して全部はメモってなくって…。サトルも昨日は授業寝てたらしくてさ」