「75点」
「答案が返ってくる前に点数言うの、止めて下さい」

私は、最後尾、窓際の席の机の中に授業で使ったノート類をを仕舞いながら、顔も見ることなく冷たく『彼』にそう言い返した。
 歳の頃は恐らく30歳前後。綺麗に整えたグレーの髪。そんな髪色に少しマッチしたグレーの紗が掛かったサングラスを掛けた姿は、どことなくガラの悪そうな不穏な印象を受ける。しかしその姿からは想像できない優しげな表情と声色は、きっと気立てが良いのだ、と感じずにいられない節があり。しかしそれは詰まる所、彼の飛び抜けたルックスの良さが原因で、受ける印象がデコボコになっているのかもしれなかった。
 彼、自称、眞野(まの)柊平(しゅうへい)は、この学校の屋上から、10年前に飛び降り自殺した高校教諭だった。彼は自分では死の状況をほとんど話したがらない。一説には当時の女子高生に好意を寄せ、突き落とした際に自分も自殺した…とかなんとか、噂に聞いた。直に聞いて、私に取り憑かれたでもしたら厄介なので、私はそれ以上、噂に耳を傾けたりはしていない。
 
 カチャ、と私は食堂ことビュッフェ形式のレストランルームに入ると、皿におかずを取り分ける為に他の生徒に混じって列を作り、手に取ったトレーを台に置いた。色彩豊かなおかずを皿へとよそって行く。同じ様に、広い食堂室には校内の300人ほどが次々と入って来ていた。
 テーブル席はまるでコンサート会場の大ホールの様に、2階席、3階席と別れ、生徒たちは皆、好きな場所へと友人と共に、食事を持って散って行く。賑やかな生徒の声に混じって、どこからか聴こえるクラシックの曲が、ゆるやかにそして穏やかな食事のひと時を飾っていた。
 この日、私は毎度のごとく教室から離れない彼、眞野柊平先生を置いて、ビュッフェのランチを皿に取り分けると、ガラス張りのテーブル席の端の方の席へと歩き着いていた。いつもここから、ビル街の街並みを見ながら、彼女を待つのである。

―――菜月ぃ、おまたせ!

椅子に座って待っていた私は、元気な声が聞こえた気がして、振り返った。いつもやって来るのは学校で唯一友人になった真峠(まとうげ)梨央(りお)