わたしがなにか答える前に、彼は階段室の横についている梯子に手をかけた。
 まさか……と思う間もなく、するすると登っていく。

「ほら、早くこっちおいでよ」

 ……と、言われても。
 ぽかんとするわたしに向かって、彼は上からちょいちょい(・・・・・・)と手を動かして見せた。
 ここって登ってもいいの……?

 不安になりながらも、恐る恐る登っていく。
 途中、スカートの中が見えるかもと思ったけど、ここはわたしと彼しかいないので、その心配はいらないと気づいた。

 細く垂直に伸びた梯子を登りきると、そこは、「わっ」と声を出してしまうほどの絶景だった。
 さっきいた場所とたった二メートルほどしか変わらないはずなのに、フェンスという邪魔なものがなくなっただけで世界がうんと広く見える。
 どこまでも続く街並み。さっきより濃くなった夕焼けに、にじんだ太陽が美しい。
 ここからなら、サッカー部の練習もよく見える。

 頭の中で色彩が駆け巡る。
 あの場所を、あの瞬間を、あの色を――描きたい、描きたい、描きたい。

「キレイでしょ」

 ハッとして横を見ると、彼がなぜか嬉しそうにわたしを見つめていた。
 カッとなり、眉をひそめる。

「…………別に」

 彼に苛立ったわけじゃない。
 全部捨てた気持ちなのに、自分の心がこの素晴らしい景色に揺れ動いたことが憎らしかったんだ。

「ねぇ、オレの絵を描いてよ」

「……はっ」

 脈絡のない言葉に、わたしは声にならない声をあげた。
 そんなわたしの顔がよっぽど可笑しかったのか、彼はクスクスと笑いだした。
 その姿を見ているうちに、だんだんと腹が立ってきた。