「え……」

 怒られるものと思っていたから、一瞬なんのことかわからずにきょとんとする。
 樋口さんは紙を机に置いて、一つため息をついた。

「『うらやましい』って言ってたから、てっきり親に進路でも反対されてるのかと思ったけど……ちがったの」

 あ……この前の話、覚えてくれてたんだ。

「反対されてるっていうか……言えてなくて。自分の気持ち……」

 言えてすらいない。みじめな自分が情けなくて、目の前の紙をぐしゃっと握る。
 だから全然、樋口さんとは違うんだー。なんて言ってムリに笑って見せたけど、樋口さんはクスリともしなかった。
 それどころか怪訝な表情になる。

「なんで」

「だ、だって……」

 そんなにまっすぐ「なんで」って言わないで。余計みじめになる。
 こんな気持ち、樋口さんにはきっとわからない。

「自分の好きなように生きたら……嫌われない?」

「さぁ。そんなことで嫌うくらいの人なら必要ないし」

 案の定、樋口さんはまるで宇宙人でも見るかのような視線を向けた。
 ああ、やっぱり言うんじゃなかった。わたしとは正反対の人に相談しても、解決しな……――。

「それに」

 樋口さんがひと際大きな声出す。
 予想外の出来事に、わたしは体をビクンと震わせた。
 
「……それに。そんなわたしを『いいね』って言ってくれる人もいるから。その人を大事に、したい」

 少し照れくさそうに。けれども真剣に。
 樋口さんの放った言葉は、わたしの心にまっすぐ飛んできた。どろどろに溶けた世界が、ほんの少し輪郭を取り戻す。

 そんなわたしを『いいね』って言ってくれる人――。