『勉強を見る』
 その言葉通り、たしかに先輩の教え方はうまかった。なんなら塾の先生よりわかりやすいくらい。
 あんなに苦労していた宿題も先輩と一緒にやったらあっという間に終わって、ちょっぴり拍子抜けだ。
 だけどこれで、夜遅くまで勉強しなくてもすみそう。よかった……。

 最後の問題を解き終えて、ノートを閉じた。
 その音が想定外に響いてしまって、近くに座っていた人から「んんっ」と咳払いされてしまった。
 エージ先輩がわりと大きめな声で教えてくれたときはなにも反応しなかったのに……わたしには厳しい。

 わたしはちらりと前の席に座るエージ先輩を盗み見た。
 解き方を教えてくれてから、わたしが問題を解き終わるまでずっと本を読んで過ごしていた。
 「先に帰ってもいいですよ」と言ったら、「芽衣が終わるまで待つよ」なんて言って。
 優しいんだ。自分の勉強だってあるのに、こうやって休みの日を使って教えてくれて……。
 エージ先輩は最初から、優しかった。

 ――あれ?
 そこでふと、一つの疑問が浮き上がる。
 そういえば……エージ先輩の志望校ってどこなんだろう。
 先輩は三年生。三年の夏といえば、受験勉強が忙しく、遊びに出かけている場合じゃない気がする。
 教え方からして、頭がいいっていうのは本当の話みたいだけれど……だとすると、余裕なんだろうか。
 それとも……。

「――終わった?」

 わたしの視線に気づいた先輩が顔を上げた。

「え、あ、はい」

 じっと先輩のことを見ていたことがバレて……恥ずかしくなる。
 赤くなったわたしを見て、先輩はやっぱりクスッと笑った。

 ――それとも、先輩も『息抜き』が必要だったのかもしれない。
 いつかの放課後、サッカー部を見て寂しそうな表情(かお)をしていた先輩を思い出し、そう思った。