「ちょ、ちょっと」

 さすがのわたしもこれには黙ってられない。
 通りすがりの人がわたしを笑うのは怒るくせに、自分は笑ってもいいの⁉
 だけどエージ先輩はそんなのものともせず、クスクス笑いながら鏡状になっている柱を指さす。
 見ろ……ってこと?

「なんなんですか……」

 仕方なく鏡に映りこむ自分の姿を見て……絶句した。
 鼻の頭に白いクリームとチョコスプレーが数粒ついていたからだ。
 わたしはさっきからずっとこの姿で……。

「ぷっ……あはは! なんで真っ先にそれに気づかないかなー」

「! だ、だってそれどころじゃなかったし、それに……それ……に……――……ふっ」

 じわじわと、エージ先輩の笑いがわたしにも伝染して。
 
「ふふっ……あはは……」

 気づいたら爆笑していた。もうなにが可笑しいのかもよくわからない。先輩が笑うから、わたしも笑う。

 ――楽しいな。
 今、この瞬間がすごく楽しい。
 お母さんといても紗枝や美優たちと話していても、息が詰まる感じがして楽しいなんて感じたことなかった。
 だけど先輩といると、自然体でいられる。

「芽衣が笑った」

 しみじみと、すごくうれしそうにエージ先輩がつぶやいた。

「笑い……ますよ? 今までだって笑ってたと思うんですけど」

「ううん、本当の意味で笑ったなって思ったんだ。そっか、芽衣はこういうときに笑うんだね」

 あ……あの話……。

『オレは芽衣に興味があるよ。どんな時に笑うのか、どんな時に悲しむのか、どんな時に怒るのか』

 いつかの放課後、エージ先輩がわたしに言った言葉を思い出した。
 本気で知りたいと思ってくれているんだ……わたしなんかのことを……。