ふと時計を見たら、もう二十三時をまわっていた。あっという間にこんな時間だ。
 今日はここまで……かな。
 明日は実行委員もないし、早めに塾に行って、質問して――。

「いつまで起きてるつもりなの?」

 考え込んでいると、いきなりドアが開いた。「開けるわよ」のひと言くらいほしいのに、いつもこう。
 ノートを閉じる手を止めて顔を上げると、部屋に入り込んできたお母さんと目が合った。
 応援の意味でわたしに夜食を持ってきた……わけではなさそう。
 もう寝るのか、パジャマにメガネ姿。わたしをチラと見て、それからすぐに机の上のノートを見て顔をしかめた。

「まだ宿題をやっているの? あなたちょっと要領が悪いんじゃないかしら。お兄ちゃんだったら休み時間の間にでもやってしまうわよ」

 ……まただ。また『お兄ちゃん』。
 ズキッと胸が痛む。だけど顔には出さない。
 なんでお母さんはこんなに不機嫌なんだろう。わたしが起きていて、なにか迷惑でもかけた?

「……もう寝るところ」

「そう? なら早くしたくしなさい」

 お母さんは、そのままぐるりと室内を見回した。そして本棚のある一角を見て「あら」と小さくこぼす。

「もうこんなもの必要ないでしょ。捨てておきますからね」

 そう言って本棚から引き抜いたのは、わたしが大事にしていた美術雑誌だった。
 何度も何度も大切に読んできた雑誌。それをいま、捨てるって……――?

「え……」

 思わずそう言って、手で口をおさえた。
 しまった……。
 お母さんは左の眉をきゅっと吊り上げて
 
「なに」

 と一言。ふだんよりワントーン低い声。あきらかに怒っている。

「……ううん、なんでもない」

 にこりと笑って目を伏せる。
 わたしの返事に満足したのか、お母さんは美術雑誌を手に持って出ていってしまった。

『捨てないで』

 そのひと言が言えたら、どんなにいいか。
 でも言えない。言えないんだ……――。