「ずっとそうだよね、佐々木さんは。傷つくかどうかも分からないくせに、怖がってばっか」


渋谷先生はハンドルを切る。
車がマンションの駐車場に入っていく。渋谷先生の家に着いてしまったみたいだ。


「はい、着いたよ。どうする、佐々木さん」


目の前にぶら下げられた、二つの選択肢。
ひとつはここで車を降りて、なんとかやり過ごすか。
もうひとつはこのまま、渋谷先生の家に足を踏み入れるか。


渋谷先生の家に足を踏み入れた瞬間、私は別のなにかにも足を突っ込んでしまうんだろう。
一歩間違えたら沈んでいきそうなほど、暗くて深い沼に───。


「……お邪魔しても、いいですか」


私はその沼に、足を踏み入れることにした。
どれだけ暗かろうが深かろうが構わない。
だって、その沼にずぶずぶとはまっていくのは私だけじゃない。


───渋谷先生も、だ。


「……もちろん?」


車のドアを開け、降りる。