「ちょっと遅かったね。来てくれないかと思ってひやっとした」
「ごめんなさい、町田先生に捕まっちゃって。先生なんか言ったんですか?」
「んー、まぁちょっとね」


手に持った赤ペンを回しながら渋谷先生は続ける。


「佐々木さんとよく話してますよねって言われてびっくりしたの。話してるのは事実だけど、どう言って良いのか分かんなくて。複雑な家庭事情みたいでって言っちゃった」


やっぱり、渋谷先生は嘘をついたんだ。
私と渋谷先生にとっては得になり、一部の人間には全くもってそうはならない嘘を。


「ごめん。俺余計なこと言ったか」
「いえ。私のための嘘だって、分かってるので。あと、家庭環境に関してはまぁまぁ複雑なので」
「え?そうなの?」
「はい。わりと拗れてますよ」


くすりと笑った渋谷先生は提出物のチェックが終わったのか、プリントをファイルにしまっている。
私は鞄の中から小ぶりのタブレットを取り出し、机に置いた。