もうすぐで九月も中旬にさしかかる。
今日はそれほど暑くもなく、雲ひとつ無い空のお陰で日差しが眩しい。
時々慰めのように柔らかい風が吹く。
真夏の暑さを少しと涼しい空気を混ぜ合わせたような風が、優しく肌に触れる。


生徒玄関の方に向かえば、日の光の眩しさに目をすがめる香音がいた。


「香音」


俺の声に反応した香音が振り向く。
香音も俺と同じように内履きを手に持っていて、笑いながらこちらにやってくる。


「なんか忘れ物してる気がするんだけど……まぁいいか、忘れて困るものもないし。ほぼいらないものだしね」


俺もそうだ。
町田先生から手渡された鞄には少しの荷物しか入っていなかった。
毎日使っていたパソコンと、いつも机の上に置いていたピアノの楽譜。それだけ。
机の上にも中にも、音楽室にも、まだまだ荷物はあったけれど、もういい。


忘れたところで困らない。
もう、いらないものだ。