勢いのまま俺とぶつかり、泣き腫らした赤い目で睨まれる。
怒鳴られ、罵声を浴びせられるかと思ったが、彼女は予想外の言葉を口にした。


「───責任持って、あの子のこと幸せにしなさい」


それだけ言い残すと、彼女は走り去っていった。
小さくなっていく背中にはい、と呟き、背筋を伸ばした。


幸せにするに決まってる。
職も社会的地位も失った俺に、できることはそれしかない。


「……渋谷先生」


後ろを振り向くと香音が立っていた。
手に黒いリュックを持ち、いつもと同じ微笑みを浮かべている。


「とりあえず、行こっか」

「はい」


何度も何度も上り下りした階段を、ふたりでゆっくりと下りていく。
会話は交わさない。なにも言わなくても、香音がなにを考えているかくらい分かる。


玄関まで下りて、一旦香音と別れる。
俺は職員玄関の方へと向かい、靴を履き替えた。
履いていた内履きを靴箱にしまおうとして、手が止まった。