「ちっ!つまんねえ奴!」

 響はそう吐き捨て、攻めに攻め葵を追い詰める。

 そしてーー

「あ、安岐くん!!」

 審判の判定に響は勝ちの面をとる。天は思わず席から立ち叫んだ。その声に会場にいる全員が天に注目した。そんな視線も気にせず天は試合を終えた葵から目が離せない。

「うわ、安岐葵が負けることなんてあんのね」

「接戦だったけど、王子もさすがって感じ」

 リッカとエマが驚いたような声を漏らして、その声を聞きつつ天は葵が心配になった。負けるところなんて見たことがなかったから。大丈夫かなと葵の心情を察すると胸が痛い。



「お疲れ、やられたな」

 仲間の元に戻る葵に伊丹は明るく声をかける。次鋒が試合するのを眺めつつ、葵の様子にも気にかけた。

「……すみません」

 葵は落ち込んでいた。先鋒は勝てばチームに勢いがつき、逆に負けたら苦しい状況になる、団体戦の中で重要なポジション。それを任されたのに、その務めも果たせなかったと、悔しそうに顔を歪める。

 そんな葵の態度に伊丹は珍しいなと思いつつ、背中をバシッと叩く。

「まあ、そう落ち込むな。次勝てばいい」

「……はい」

 伊丹の励ましも葵はわかっている。しかし、自分が許せない。油断はしていなかった。ただ、僅かに集中が途切れていた。天のことが、頭にチラついていたからだ。

 ーー自分には剣道しかないのに、これだけは誰にも譲れないのにっ……。

 葵は歯を食いしばる。脳裏に浮かぶのは、自分より優れている兄の姿。また、届かなかった……と葵は眉根を寄せる。

「おまえは怒るかもしれないけどさ、俺はちょっと安心してんだぜ?」

「……はい?」


 突然の伊丹の発言に葵は困惑する。ようやく目を合わせた葵に伊丹はニッと人のいい笑みを浮かべる。