エマへ返す天にリッカが呆れながらそう言う。天も自分のしたいことがあるので葵のところばかり寄っているわけではない。帰る時間が重なると送られたりはするが、それを言うとまた揶揄われるのは学習したので天は黙ることにした。帰りは結構な割合で会ってますとは口が裂けても言えない。

「私も安岐くんの剣道姿は久しぶりに拝めるから、今日は準備万端だよ」

「何の準備よ?」

「スマホの充電器の予備とか」

「あんた!試合見にきたのよね?」

「でも!安岐くんはキュンをばら撒くから!いつ何時でもメモれるように備えないと!充電切れましたなんて話にならないよ!」

「あはは、天らしい」

「ほんっと、まったく……」

 天の言葉にエマとリッカは苦笑いしながら頷くのだった。




 準備運動の打ち込みが終わり予選試合までの間の休憩時間に入った時、葵は静かに息を吐き出す。集中して臨んでいたので、想像以上に気疲れした。緊張を解いたせいか体が重くなり、座っているのさえ億劫に感じるほどだった。

「随分気合い入ってたな、本番さながらだったぜ」

「今日は無様な姿を晒すわけにはいきませんからね」

 一緒に打ち込みに付き合っていた伊丹が声をかけると葵は軽く笑って答える。その言葉に、伊丹は何かを察してニヤつく。

「なるほど、今日は赤音が見にきてくれるんだな」

「ええ……まあ」

「で?その赤音は?」

 伊丹がキョロキョロと見渡すと、ちょうど2階の客席についた天達を見つける。葵もそちらに視線を向けてみると、ちょうど天が友達と歓談している姿が目に入った。

「よかったなー、ちゃんときてくれて。試合まだだし声かけに……って、早いな」

 伊丹が言い終わる前に葵は立ち上がり、天達のほうへ向かう。その行動に伊丹は驚きつつも、すぐにニヤリと笑って葵の後に続いた。




「赤音さん」