帰るという葵を何も考えず引き留めた(そら)

 その言葉に葵は目を見開くと、すぐにニッコリと笑う。

「赤音さん、本当にそれ無自覚ですか?」

 その笑顔に天の胸は高鳴るも必死に落ち着かせようとする。何かやはりまずい発言をしているのかと落ち着いて考えてみるが、思い当たらない。

「……あ……えっと……」

 天が言葉に詰まっていると葵がさらに続けた。

「……赤音さん、この家には赤音さんしかいないんですから。いくら何でも隙がありすぎですよ?」

「だって……」


 葵は天をソファの背もたれに押し付け、上から見下ろした。

「……安岐くん?」

 葵の行動に戸惑う天だったが、彼の真剣な表情にドキッとする。そして彼はゆっくりと顔を近づけてきたので、思わず目を瞑る。だがその感触はなく代わりに耳元で囁かれた。

「俺じゃなかったら襲われてますよ?」

 そんな葵の言葉に天は思わず目を開けて彼を見る。そこにはいつもの優しい笑顔があった。

「冗談です……ではまた学校で」

「や、待って……」

 天は反射的に葵の服を掴む。自分でも何故そんな行動をとったのかわからない。けれど今葵に帰って欲しくないのは正直な気持ちだった。

「本当に、帰っちゃうの?」

「赤音さん……それ、わざとやってますよね?」

「え?何が?」

 天は無自覚だが葵は苦虫を噛み潰したような顔をする。それをみた天は不安になり眉を下げて懇願するように葵を見た。

「……駄目……なの?」

「……」

 葵はしばらく無言でいたが、やがて大きく息を吐いてから諦めたように言った。

「わかりました。一晩だけお邪魔します」

 そんな葵に天は満面の笑みで感謝したのだった。そんな天をみてまたため息を吐く葵であった。