そんな時だった、葵の声がした。しかも割と近いところから聞こえる気がする。天は目を開けて顔を上げたが誰もいない。幻聴かと思い立ち上がろうとした矢先、葵の声がもう一度聞こえたので横を向く。

「……え?」

 すると、視界いっぱいに広がる葵の顔が見えた。追いかけてきたのか、どうして、と口を開こうとした瞬間に、天の腕は葵に掴まれる。

「どうして逃げるんですか?」

「いや、その……」

「あの場で話しかけようとしたのに逃げるから追いかけました」

 その言葉に天は驚く。わざわざその為に自分のようなタイプの女を追いかけてくることにだ。周りのキラキラしている女子たちなど目もくれずに追う価値が果たしてあるのか。天は葵を見る。その顔つきは普段の穏やかな微笑みはなく、真剣な表情。思わずドキッとした。だがそれどころではないと我に帰ると天は首を振る。

「逃げてなんかいないよ、私はただ……安岐くんに嫌な思いをして欲しくなかっただけで」

「俺が?」


「……だって、私だよ?あんなキラキラ女子の群れの中にひっそりと背の高さだけで存在を主張するようなモブの中のモブだよ!?そこに安岐くんが話しかけたら周りは全員なんで?ってなるの!」

 天は気持ちが昂り早口になる。

「映えない奴といたら安岐くんまでバカにされる。だから……」

「だから逃げたと?」

「逃げては」

「逃げましたよね?赤音さんはやっぱり逃亡癖がありますね」

 淡々と紡ぐ葵の言葉に天はカッとなる。図星をつかれたことと、この謎の苛立ちにだ。

「逃亡癖!?何言ってんの?私はただ引き際を弁えてるだけ。勇気ある行動だよ」

「はぁ……全く」

 葵はため息をつくと、天の腕を掴む手に力が入る。思わず痛いと呟くが彼は無視した。

「いいですか、俺は別に誰かに何を言われようとも気にしません。それにあなたから離れようとも思いません」