「いえ、ただ赤音さんを見かけたので声をかけようと思って。迷惑でしたか?」

 葵は優しく微笑んで天を見る。そんな様子にクラスメイトの女子から黄色い声援が聞こえ出し、男子からは悲鳴が聞こえた。

「あ、安岐くん!みんな見てるし!えっと……その……」

「すみません、でも俺、赤音さんと話したかったんです」


 そんなストレートな言葉に天も顔を赤くする。この流れは、使えると思いつつも葵の視線が真っ直ぐすぎて動揺してしまい、上手くスマホ操作ができない。そんな天をみて葵は満足したのか、もう一度微笑むと口を開く。

「それじゃあ、俺はこの辺で。赤音さん」

「はい?」

「また、今度お話しましょうね」

 葵はそう言うと、3人に会釈をして教室から出ていった。その背中を眺めて天は机に伏せる。

「無理……心臓が痛い」

「恋じゃん」

「認めなよ」

「違う、そういうのじゃないの。彼はね、貴重なキュンの提供者なの」

「うわー、拗れてる。これだから小説脳は」

「天はときめき変換率が早すぎるから、本当にまともな恋愛経験ないからわからないんだね」

「哀れな子」

 2人は天の頭を撫でると、また雑談を始めた。しかし、天はまだ葵のことで頭が一杯でそれどころではないのであった。このドキドキを小説に書いたら読者はキュンするはず。その確信だけはある。しかしこの方法、意外と身が持たないと天は気づき始めていた。




 放課後。文芸部の部室で天はこの謎のドキドキをスマホに打ち込み小説を書き上げる。その指の動きは凄まじく、手練の域だ。

「赤音ちゃん、精がでるねぇ」

 天の座る椅子の隣に立ちつつ緩やかに声をかけてきたのは、先輩であり三年生のケイトだ。明るい黄土色のゆるふわな天パとメガネがトレードマークの文芸部の部長である彼は普段から天の小説の読者であり、忌憚のない感想をくれる。