「てめ!なにしやがるっ」

 もう一人の男が葵に殴りかかるがそれを華麗にかわして足払いをする。その一連の動きは無駄がなく、武人のそれだった。

「大丈夫でしたか?赤音さん」

 何事もなかったかのように天に笑顔を向ける葵。天は訳がわからず、ただコクコクと頷くことしかできなかった。

「っざけんなよ!」

 男2人が食い下がろうとしたが、周りの目が痛い。それに気づいた葵が相手の手を捻りあげて睨みつける。

「なんや、文句あるんか?」

 いつもと少し違うトーンの声に天はビクッとする。男達もこりたのか、もともとこんな大事にする気もなかったのか、舌打ちをして去っていった。

 それを眺めつつ、葵は天に向き直って頭を下げる。

「すみません、怖い思いをさせてしまって……」

 葵は試合の時の凛々しさではなく、どこか優しい表情で天に謝罪をした。そして、その笑顔のまま手を差し出してきた。

「行きましょうか?赤音さん」

「え?」

 なんで手を繋ぐ必要があるのか。しかし有無を言わせない雰囲気に天はそっと右手を差し出すとその手をギュッと握られる。そしてそのまま人混みをかき分けて歩き出した。

 もう嫌な汗はかいていないが、緊張で震える手に気づかれませんように……なんてそんなことを思いつつ、先程の葵の言葉を思い出した。
 あれは方言。普段の彼からは想像できない言葉遣い。そういえば引っ越してきたと前に言っていたから、以前は関西の方に住んでいたのかもしれない。そんなことを考えていると、いつの間にか関係者が通るような通路にきてしまい天は慌てて声をかける。

「安岐くん、あの……もう、大丈夫だけど……」

「そうですか?まぁでも一応」

 そう言って葵は天の手を離さずさらに強く握ってきた。そんな態度に天は戸惑うが、これが恋愛系でよくある男のテクなのかと妙に納得する。